2017/02
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異文化としての日本文化を考えてみる
異文化としての日本文化440pc D000143-R1-08-8 (1)tate  

 一時期、世界は英語を武器にアメリカなどのアングロサクソン人の文化に制服されるのか、という時代もあったが、現在の世界情勢を観てみると、じつはそれとは逆の「多文化・多言語」時代に突入しているようです。人類発展のダイナミズムを考えると、この動きは良い傾向だと思います。
言葉は最大の文化です。ここでは文化としての日本語を中心に4題アップしてみました。


①「さん」と「先生」

 私のスペイン語修行時代、あるマドリードの語学学校とスペイン語の個人教授の契約をした。可愛いセニョリータに一対一でスペイン語を習えるかもしれない、と密かな期待もあった。だが、最初の授業で私の前ににこやかに現れたのは、60歳は優に超していると見られる貫禄たっぷりの女性教師だった。彼女は、まず私にこう言った…「わたしをセニョリータと呼びなさい」 

 セニョリータは日本語で「お嬢さん」のはずだ。冗談で言っているのだろうか、それとも彼女が未婚だからだろうか? 彼女の有無を言わせぬ圧倒的な迫力の前に、私はやむを得ず彼女をセニョリータと呼ぶことになった。あとで分かったことだが、スペインでは女性教師を年齢・既婚未婚に関わらず生徒からはセニョリータと呼ぶ習慣がある。もっとも今日では小学校ぐらいまでしかその習慣は残っていなく、普通、学生は男性教師、女性教師ともファーストネームを敬称無しで呼ぶ。これにはやはり文化的背景がある。

 スペイン語では「授業」に関する表現が日本語とは発想が異なる。日本語では(先生が)「授業をする」、(学生が)「授業を受ける」となり、授業へ関わる役割の違いを動詞に込めている。ところが、スペイン語では「授業をする」も「授業を受ける」も”dar clase”(授業を与える)と表現する。

 日本では自分が習っている教師を「(苗字+)先生」と呼ぶのが当たり前である。ところがスペインでは中学生ぐらいから自分の先生でもファーストネームを敬称無しで呼ぶ。もし日本でそれをやったら、呼ばれた教師もそれを聞いた周りの人も唖然とするだろう。私の所で日本語を学んでいる学生たちも、暫くは教師をどう呼んだらいいか戸惑うようだ。最初はスペインの習慣で敬称無しで呼んで来るが、そのうち「さん」という日本語の敬称を学ぶから、その後、これでどうだ、とばかり教師の苗字や名前に「さん」をつけて呼ぶ。学生が自分の習っている教師を「さん」付けで呼ぶのは、日本ではこれも敬称無しで呼ぶのと同じぐらい、あり得ないことである。

 日本語の「さん」はスペイン語の”San”をイメージするらしく、例えばSan Juan(聖ヨハネ)のように最高に敬意を払った響きになり、学生が教師を呼ぶのにこれで問題はないと思うらしい。ところが、そのうち先輩学生が教師を「先生」と呼んでいるのを耳にして、どうやら日本では教師を「先生」と呼ぶ習慣があるらしい、と学生たちは気付いてくる。が、彼らにとって「センセイ」という響きは、空手や柔道の「センセイ」を思い起こさせ、どうも日本語教師を呼ぶときに使うのは何か違和感があり、言いにくそうである。
 それにも増して、スペインでは何よりも親近感(simpatía)が大切にされるから、友達のように感じている教師に使うには、「センセイ」という響きの持つ「水臭さ」に抵抗があるようだ。しかし、こうした学生たちも、先輩学生や地元の日本人が教師を「先生」と呼んでいるのを見聞きして、やがて「先生」と呼ぶことにも慣れてくるのである。
人への呼び方一つ観ても、生まれ育った文化・慣習から自由になることは容易なことではないことが分かる。人間というものは実に保守的な動物である、とつくづく思う。


②日本人の「礼儀」

 日本は「お客様は神様」の国である。
 こういう国から来てスペインで買い物をすると、店員の対応に間違いなく腹を立てる。日本人は「店員教育がなっていない」と怒るだろうが、どだい、文化背景が違うのである。
 スーパーのレジでの客と店員の遣り取りを観察してみると、スペインでは、まず客のほうから挨拶(普通は「Hola」:英語のHiに当たる)することのほうが多い。代金を払って帰るときも大抵は客からお礼(「Gracias」:ありがとう)と挨拶の言葉(「Adiós」:さようなら)を言う。店員は客の言葉に応えることもあるが、何も返ってこないことのほうが多い。むしろ、客の側がそのマナーを問われるかのようである。

 主客が逆転したようなこうした慣習に日本人はどうしても納得できないだろう。なにしろ日本のスーパーのレジでは、店員の「いらっしゃいませ」から始まり、代金を受け取るときの「〇〇円からお預かりします」、お釣りを渡すときの「〇〇円のお返しです」、そして客が帰るときの「ありがとうございました。またお越し下さい」まで、すべての客に満遍なくマニュアルどおりに言うのだから。客のほうはというと、この間、普通は何も応えない。日本では、店員のマナーがとやかく言われることはあっても、店員に何も挨拶しない客を、礼儀を知らない客、と見ることはまずあり得ない。

 あるスペイン人が日本のデパートに入った際、「いらっしゃいませ」と頭を下げる店員にいちいち応えて頭を下げ「コンニチワ」と挨拶したら笑われた、とその失敗談を話してくれた。
 食事のマナーも日本人とスペイン人とでは気を遣う観点が違う。レストランで食事を終えて他のテーブルの間を通る際、スペインではたとえ見知らぬ人にでも声を掛ける(Que aproveche ごゆっくり)が、日本では見知らぬ人には邪魔をしないことを心がけるから、食事中の見知らぬ人に声をかけるなど、もってのほかである。

 日本にはラーメン・うどん・そば等、スープたっぷりの麺食がある。熱いうちに麺をスープの旨みと一緒にすすり込む食べ物であるから、自ずと音が出る。ところが、西洋の食事マナーの基本は、音を立てないこと、であるから、日本の蕎麦屋に入って客が一斉に蕎麦をすする大合唱を耳にしたスペイン人は、みずから受けてきた教育を全否定されたような気持ちになるらしい。日本でも蕎麦などを音を立てないように食べることはできないこともないが、麺とスープを熱いうちに一気にすすり込む旨みを楽しむ食べ方とは言えない。

 飲食の際に出る音に対して敏感なスペイン人も、人前でかなり大ぴらに音を立てて鼻をかむ。しかも、何度も鼻をかんだハンカチやティッシュを使用する。スペインのティッシュが厚めに作られているのも頷ける。日本人はというと、鼻をかむ時はたいてい席をはずすか、そうでなければ音が立たないように横を向いてこっそりとかむ。

 異文化間では礼儀作法のほんの些細な違いから誤解が生じ、果ては引っ込みのつかない諍(いさか)いになることもある。それが国家間に及べば取り返しのつかないことにもなる。異文化理解はもしかしたら最も有効な戦争防止になるのかもしれない。とすると、異国で日本語・日本文化を伝える我が仕事は、好きでやっているのではあるが、まんざら無益なことでもあるまい。


③日本の店員の「テイネイ」さ

 日本語がわからない。20年ぶりで日本で再び生活するようになったときのこと。日本人の話す日本語がわからない瞬間が結構あった。

相手が何を言っているのかわからないときは、「えっ」と言って聞き返す。スペインにいたときから左耳の調子がときどき落ち込むので、そのせいかな、とも思ったが、やはり日本人の話す日本語の一部の表現が理解できない瞬間がある。

 その瞬間は店員さんと話すときに顕著に現れる。この間、ヨド〇シカメラで買い物をして代金を払う際ポイントカードを出すと、店員さんに「オタメデスカ?」と言われたので、「えっ」と聞き返した。するとその店員はもう一度同じ言葉を繰り返したのである。私は面倒なのでつい「ソレデイイデス」と首を縦に振ってしまったが、店を出てからも、店員は何を言いたかったのか、「オタメデスカ、オタメデスカ・・・」とつぶやきながら考えていたが、分からなかった。それでもしばらく歩いていると、どうやら「(今回の買い物のポイントをカードに)お貯めですか?」と言う意味で言ったらしいと推測できたが、真実は分らない。私の推測通りだとしたら、「お貯めになりますか」のバリエーションというわけである。
 こんなふうに、久しぶりに母国で生活することになった私は、日本の店員独特の余りにテイネイな日本語には、なかなか悩ませられたものだ。


④文化的「逆さま」

 スペインには18年ほど棲みついた。
 バルセロナオリンピックの前の年に、この地中海文化の薫り高い地にやって来た。その年の内に日本語センターを開き、今も同じ生業をしている。見知らぬ異国で、日本語を教える仕事を最初からほとんど変わらぬペースでやって来られたのには、我ながら「悪運の強い奴だ」と呆れる。

 運だけは強い。だが小運中運である。これで良いのである。ちらっとでも余計な欲が顔を出したときは、てきめんに「欲張りなさんな」という神の諌めがある。無欲のときがもっとも運がつく。齢を重ねて、やっと神の諌めが聞こえるようになった。人生は或る程度生きてみるものである。

 スペインは多重文化の国である。異文化が交じり合うのではなくて、むしろ互いにその個性を主張し合うのである。それは幾つもの言語が共存していることに象徴的に現れている。スペイン語、カタルーニャ語、バスク語、ガリシア語、が公用語である。系統のまったく違うバスク語を除けばその他の言語間には確かに類似点はあるが、方言ではなくそれぞれ一言語として強烈に存在を主張している。近隣にポルトガル語、フランス語、イタリア語が存在しているのと同等に、である。実は「言語」と「方言」の違いは割と曖昧なんだそうだ。「我々の言葉は方言なんかじゃなくて立派な一言語だ」と国際的に主張し認められればそれは一言語になるようだ。もっともスペインの公用語は音声的なものだけでなく表記も違うから、それぞれ明らかに違う言語として認められるのだろう。

 日本人にはスペインのこの言語事情が、感覚的によく理解できないかもしれない。逆に、スペイン人が日本の言語事情を知ったならば、あれほど内地の日本語と違う沖縄語をどうして一公用語と主張しないのか、と恐らく理解に苦しむだろう。或いは、日本の方言を知るスペイン人なら、関西弁も東北弁もなぜ体系的に整理し一言語さらには公用語として主張しないのか、と疑問に思うだろう。日本で数年前に取り沙汰された英語第二公用語論などは、スペイン人には正気の沙汰とは思えないだろう。かりにも、自分たちの言語を自ら手放すような言動をにわかには信じ難いはずだ。ここには自己存在証明(アイデンティティ)への態度が対照的に現れているのである。

 言語観に限らず、日本人とスペイン人の発想は概ね「逆さま」である。だから、面白い。遥々極東の日本から欧州の西端の西班牙(スペイン)までやって来て棲みついた所以である。
人生は楽しむために在る、このことを教えてくれたのは我が友スペインである。


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tag : 異文化 日本文化

 
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Re: はじめまして
なおこ様
コメントありがとうございます。
イタリアでご活躍なんですね。
また、いつでもご訪問ください。


はじめまして
文化が違うと、店員と客の交流など対人関係も違えば、同じできごとでも反応や解釈が違ってくるというのは、おもしろいと同時に問題の種でもありますよね。スペインでは既婚・未婚に関わらず、女性教師はセニョリータと呼ぶとは、びっくりしました! わたしはイタリアに来る前から日本でも高校で教えていたこともあり、学生にも早いうちから、先生と呼ぶようにと言っていました。大学では、少なくとも教師の前ではprof(essore, essoressa)をつけて呼ぶので、それほど違和感はないようです。「さん」を聖人の呼称と関連づけて考えるのは、イタリアも同じです。

住み始め、教え始めてから何年経っても、文化の違いに好奇心を持ち、異なる文化や風習を温かい目で興味深く観察する先生に教えてもらえる生徒さんたちは幸せですね。


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