2017/03
≪02  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31   03≫
日本語教育と国語教育~「頭でっかち?」と「旧態依然?」
サンタンデール440pc D001018-R1-51-12A (1) 

日本語教育と国語教育の両方に携わってきた経験から、それぞれがより良い方向に進むために何が欠け何が必要なのか、折々にメモしてきたものを、ここでは五つアップしてみました。

1「頭でっかち?」な日本語教育

 

日本語教育は自分の頭の重さに項垂れている。

 日本語教育関係の研修会に参加するたびに、割り切れない思いがする。私はスペイン在住中の17年間、ヨーロッパやカナダそして日本で行われた研修会やシンポジウムに参加してきたが、相も変わらず、どこどこ大学の有名教授のお話をアリガタクお伺いする、というのが定番である。これではいつまで経っても頭でっかちな研究論文大会にすぎない。論文の本数や研究大会での発表数をかせぐ研究者の大学内での地位確保には大いに貢献するが、世界各国の小さな現場で奮闘し苦悩している日本語教師たちの授業実践の向上に貢献しているかどうかは、大いに疑問がある。


 日本語教育の研修会、シンポジウム、勉強会には、公開授業が中心にならなければならない。現場の教師が授業を公開し合う研修会こそ、いま日本語教育に必要なのだと思う。但し、経験の少ない教員の授業をベテランの教師が見て、あれこれ重箱の隅を突付くような授業公開では、本末転倒である。経験の豊かなベテラン教師が現場で苦悩している教師たちに自分たちの授業経験を役立ててもらおう、という意識が育ち実践されなければ、日本語教育全体のレベルの向上が望めないどころか、日本語教育そのものがいずれ消滅してしまうこともありえると、私は思っている。

 このことは、日本語教育が日本の国策としてどのように位置づけられているかを見れば、決して杞憂とは言えまい。

 

 

2 国語教育から見た日本語教育

 

明治維新前後の来日外国人による日本語研究や19世紀後半の欧州諸国における日本語学習・研究の成果は、以後の日本人による国語学研究に大きく貢献した。また、太平洋戦争の最中に国語教育・国語学研究の専門家が日本語教育の方法論・政策論・教材の開発に取り組んだことがあった。大東亜共栄圏における公用語としての外国人への日本語教育を目指して日本語教育と国語教育・国語学の専門家が連携したのである。しかし、両者の密接な関係はそれから数年を待たずして、敗戦により費えてしまった。それから、つい最近まで、日本語教育と国語学・国語教育は互いの異質性のみを意識し合う関係にあり、連携は難しい状況にあった。

 

 国語史、国語学史、国語教育史の研究を考えても、日本語教育に触れなければならないのは自明のことであり、同様に、豊富な実践経験や日本語研究が積み重ねられてきた国語教育の財産に日本語教育が恩恵を受けられることは日本語教育が前へ進むために必要不可欠であることは火を見るよりも明らかなはずだから、両者の連携は必然のことである。最近、両者の連携を試みる動きが出てきたことは、暗闇の中のわずかな光明として捉えたい。遅きに失した感も否めないが、今からでも取り返しはつくのである。

 

 

3 日本の教育現場の印象

 

バルセロナから帰国して、2年間日本の高校の現場に戻って様々なことを考えた。

 1年目の東京の高校では、20年間日本の教育現場から離れていたにも拘らず違和感は殆どなかった。「日本の教育現場は変わっていないなぁ」と、ブランクを感じなかった。自転車と同じで、35年前に一度身に付けた国語教師という仕事は、20年という歳月をまるで昨日のように縮めていた。要するに国語教育は良くも悪しくも時間が止まっていたのだ。


 2年目の茨城の高校では、現代日本の教育問題を考えざるを得ない現場だった。典型的な管理主義で、生徒も教師もその影響をまともに受けていた。生徒は教師に管理され、教師同士が管理し合い、それを教頭が管理し、ほとんど学校に居ない校長は保身に熱心な教頭がいかに抜かりなく教職員を管理しているか報告を受ける。こうした管理主義によるストレスのため、生徒も教職員も心の病に冒される者が出ていた。少なくとも、事務員の一人は重い人格障害、教員の一人もその初期の症状を発症していた。

 

 私の20年ぶりの日本の教育現場への復帰は、改めて現代日本の教育の在り方に強い関心と深い憂いを植え付けた。

 

 

4 国語教育と日本語

 

国語教育は、学習者の母語が日本語であることを前提に、読む・書く・話す・聞く、の言語の四技能と言語感覚の育成を目的として掲げている。すなわち、国語教育は言語教育であるはずである。しかし、実際は、文学的な教材を「読む」ことに重点が置かれてきた。

 一方、日本語教育は、学習者の母語が日本語ではないことを前提に、特に、「話す」ことと「聞く」こと、すなわち「会話」に重点が置かれてきた。

 従来の定義からすると、日本語を母語としない主に成人のための第二言語教育が日本語教育であるならば、国語教育とは日本語を母語とする言語形成期の児童・生徒のための日本語の教育、と言える。しかし、実際の国語教育を見ると、むしろ母語教育の周辺である文学解釈や文学鑑賞に大部分を費やしている。こうした国語教育の在り方は、今日、国語教育の現場における帰国児童・生徒や外国籍児童・生徒等の増加によって、「国語教育に日本語教育が参戦」せざるを得ない状況に変わりつつある。


また、日本語教育の現場においても、英語を規範とする言語学の理論に振り回され、日本語の本質を置き去りにしていく傾向が危惧される。従って、第二言語教育としての日本語教育の現場もまた、国語学・国語教育で積み重ねられてきた日本語についての知恵に学ぶ姿勢が求められることになる。



 国語教育と日本語教育が互いの共通点と相違点を認識しつつ、より強い連携意識を持ち、互いに謙虚に学びあう時機を失ってはなるまい。その時機がまさに到来しているという双方の関係者の自覚が、双方の分野を発展させ豊かに成熟させていく前提となるだろう。

 

 

5 日本語教育の現場から国語表記についての提言

 

日本語教育の現場での実践課程で、日本語について新たに気づくことが多い。そのうちの一つ、「Oの長音」の平仮名表記について記しておきたい。

 

<「Oの長音」の平仮名表記>

【通り(とおり・党利(とうり)】【氷(こおり)・高利(こうり)】【~通し(どおし)・~同士(どうし)】【多い(おおい)・王位(おうい)】【大(おお)・王/欧(おう)】

など、現代日本語では母音〔O〕に続くひらがな表記が〔お〕でも〔う〕でも、すなわちローマ字表記で<-OO><-OU>とあっても、その発音はともに〔オー〕となる規則がある。これは、かつて和語<-O/>だったものが<-O>となり、漢語の長音のひらがな表記<-O>と結果的に同じ発音に落ち着いたためである。

 

こうした歴史的経過を尊重して(というよりは、むしろ、日本語表記の改革派と保守派の双方の顔を立てた結果、と言ったほうがいいかもしれない)、現代では、ともに〔オー〕と発音する「Oの長音」は、<-O><-O>の二通りのひらがな表記に分かれたままである。今日、この両表記の違いに鑑み、歴史的な経緯に思いを致している人が、果たしてどれほどいるだろうか、疑問である。「待ち遠しい(まちどおしい)」「夜通し(よどおし)」を「待ちど【う】しい」「夜ど【う】し」と間違え、逆に「如何(どう)して」「同士(どうし)」を「どおして」「どおし」と書き間違えているのを目にするのは、もはや珍しくなくなった。日本語教育の専門書にすら、こうした間違いが見られるのが現状である。

 

以上のような実状を踏まえて、私は次の提案をしたい。

〔オー〕と発音する「Oの長音」のひらがな表記は、すべて<-O>と書いてもよい。

上記の規則は、従来の<-O><-O>の二通りの書き分けを拒むものではない。

 日本語を学ぶ外国人や帰国生たちが日本語表記に余計なストレスを抱えないためにも、また、日本の子供たちが理解し難い書き分けに苦しまなくて済むように、日本語は時代を見据えて絶えず改革していく必要があるだろう。


<↓クリックすると関係ブログが見られます>
にほんブログ村 教育ブログ 日本語教育へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト

tag : 日本語教育と国語教育 日本語と国語 日本語 国語

 
Secret
(非公開コメント受付中)

バルセロナの情報&コミュニティサイト「バルセロナ生活」
Living in Barcelona, Spain 世界各国/地域に1サイトのみの海外日本人向けのサイトのバルセロナ版です。 読者による投稿型サイトなので、皆さんの投稿で出来上がっていきます。
最近の記事
カテゴリー
プロフィール

黛 周一郎Shuichiro Mayuzumi

Author:黛 周一郎Shuichiro Mayuzumi
Centro de japonés
NAKAMA-ASOCIACIÓN PARA EL FOMENTO DEL INTERCAMBIO CULTURAL HispanoJaponés

FC2掲示板
FC2カウンター
連載「バルセロナの侍」「スペイン語を一か月でものにする方法」など
①小説「バルセロナの侍」 ②言語習得「スペイン語を一か月でものにする方法」 ③旅行記「ガラタ橋に陽が落ちる~旅の残像」 ④エッセイ「人生を3倍楽しむ方法 - なぜ日本を出ないのか」 を連載しています。
にほんブログ村
<↓クリックすると関係ブログが見られます>
にほんブログ村 教育ブログ 日本語教育へ
にほんブログ村 旅行ブログ スペイン旅行へ
にほんブログ村 旅行ブログ 中南米旅行へ
にほんブログ村 教育ブログへ
にほんブログ村 旅行ブログへ
人気ブログランキング
PC2ブログランキング
FC2 Blog Ranking

FC2Blog Ranking

ブログ王
QRコード☛このブログのアドレスをケータイやスマホでメモできます。
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Publicación 出版著書 La esencia del Japonés
     ”La esencia del Japonés'      - Aprender japonés sin profesor     『日本語のエッセンス』ーひとりでまなぶにほんごー                    ↓
ブログ内検索
ブログ内記事リスト&リンク
By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ