2017/08
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日本語についてのよくある質問(続)

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日々の日本語教育の実践の中で、ふと疑問にぶつかることがありますね。そんな日本語教師の方々からの疑問に答えたものです。

条件節の「は」について教えてください。

 

「後に否定語を伴い、その意味を強調する」のは係助詞「は」の機能の一つですが、なぜこの機能を持つのか、という問いに答えるには「は」の本質に触れなければならないでしょう。係助詞「は」は「その前の言葉を肯定・提示し、後にかかる部分での明確な解決・説明を求める」性質を持っています。したがって、肯定文よりもいっそう「明確な解決・説明」を求められる否定文では特に「は」が現れやすい、と言えます。→≪これは私の本で「は」ありません≫

次に、条件節の中では「は」は使われにくいのはなぜか、について。「は」にはもともと「条件の提示」という性質があり、接続助詞「ば」に通ずる機能が見られます。(≪見ず「は」のぼらじ≫≪恋ひしく「は」とぶらひ来ませ≫)このことから条件節の中で更に「は」を使うことは自ずと避けられて来たのだと思います。→≪明日雨でなければ≫ 言葉は理屈で説明できない部分も多いですが、特に大人の日本語学習者には論理性への欲求を満足させてあげることも必要かと思います。

 

 

「は」と「が」の違いって・・・

 

「は」と「が」の役割の違いを説明するのによく持ち出されるのが<「は」は旧情報、「が」は新情報を表す>という大野晋氏の唱えた説ですが、この説自体がなお説明を要する性質を含んでいて、私はあまり勧めません。しかも日本語学習者に説明する場合は出来るだけ具体的かつ本質的なイメージを与える必要があります。

まず日本語教師側として確認しておくべきことは、「は」は決して主格を示す格助詞ではなく、係助詞であるということです。(もちろん教授技術の一つとして、学習者のレベルに応じて「は」も「が」とともに<主語の後に付き主語を示す助詞>と説明しても構わないと思います)つまり「は」は<述部を強く意識させる役割>を持っている助詞です。
<(1)私「は」田中です。>と<(2)私「が」田中です。>を比較してみます。(1)で「私は」と言った段階で、聞き手は次に続く述部に来る内容に期待し注意を喚起されます。

つまりここでは、「は」は「田中です」という述部を引き立たせる役目を持っています。次に(2)で「私が」と言った段階で聞き手はすでに主部に興味を引かれています。つまり「が」は紛れも無い主格の格助詞で、「が」の前の内容、ここでは「私」を強く意識させます。
とくに「は」は多面性を持っているので、ここでそのすべてを説明することはできませんが、「は」の持っている役割のうち前述の<①述部を強く意識させる役割>のほか次の二つの重要な役割について触れておきます。

それは、<②叙述の主題(テーマ)を提示する役割>と<③他と区別して取り出して言う役割>です。②は「は」を「~について言えば」と置き換えてみると分かり易いと思います。③は「~は~だが、~は~だ」の対比の例文を示すといいでしょう。以上、おもに「は」に重きを置いて述べましたが、切り口によっていろいろな説明が可能ですから、あとは他の人の投稿を待ちたいです。

 

 

③質問を二つ。1、卵が生まれる?  
          
 2、「に頼る」か「を頼る」か。

 

 まず「卵が生まれる」について。はじめはどういう質問かちょっと考えたのですが、たぶん<「生まれる」のが「卵」というのはおかしいか?>という意味で質問しているのだと解釈します。「生まれる」は、母体から「子が生まれる」「卵が生まれる」と、両方に使えます。「卵から孵(かえ)る」意味でも使えます。

次に「に頼る」「を頼る」について。
(1)親戚「に」頼る。 (2)親戚「を」頼る。 「頼る」(「手依る」「手寄る」で「すがる」が原意)の意味から(1)は「全身を寄りかけてすがりついている様子」が想像できます。(2)は「縁故を求めて近づく様子」が想像できます。
「頼る」は自動詞と考えていいから、まず「に頼る」が自然で、「を頼る」は別のニュアンスを表現するために登場したと考えられます。「頼る」に似た語で「頼む」(「手祈む」で「祈り願う」が原意か)がありますが、これは他動詞で「親戚に用事を頼む」のように間接目的語に「に」、直接目的語に「を」をつけることが自然にできます。こういう類似語との混同から「を頼る」の表現が登場したのかもしれません。「頼む」との関係は、あくまでも仮説です。

 

 

④ふたりぐみ、ににんぐみ?

 

「ふたり」に他の単語がついてまとまった表現を示すものは意外と少なく、例えば「二人静(ふたりしずか)」「二人大名(ふたりだいみょう)「二人袴(ふたりばかま)」のように能や狂言の題目に幾つか見られます。一方「ににん」は「二人三脚」「二人称」「二人乗り」と現在でも使われる表現が挙げられます。」

「二人組」を「ににんぐみ」と読む理由の一つは、特に上代では「ふたり」が「男女の一組」を指す例が多かったのが影響しているのではないか、と考えられます。これは「二人乗り」にも言えますが、俗には「ふたり」と読んでも構わないのではないでしょうか。
NHKの関係者にお答え頂ければ一番いいのですが。

 

 

「どの位」と「どれ位」

 

「くらい」には名詞と副助詞(「ぐらい」とも)があり、「どのくらい」は≪「どの」(連体詞)+「くらい」(名詞)≫で、「どれくらい」は≪「どれ」(代名詞)+「くらい」(副助詞)≫と分析できます。したがって≪「どのくらい」の量が必要ですか≫は≪「どれくらい」必要ですか≫と言えるし、≪「どのくらい」の距離を歩きますか≫は≪「どれくらい」歩きますか≫と言えることになります。

参考までに意味のよく似た「ほど」「ばかり」を見てみますと、「(×)どのほど」「(〇)どれほど」(副詞)「(×)どのばかり」「(×)どればかり」→「いかばかり」(副詞)と一語になっていて、「くらい」が「ほど」「ばかり」に比べると独立性を保っているようです。理論的には上記のようになりますが、日常的な会話では「どのくらい」は混用され、「どれくらい」と同様に副詞的に使わることも多いようです。

 

 

⑥リンゴがいくつありますか

 

 ≪りんご「が」いくつありますか≫は確かに不自然な文です。≪りんご「は」いくつありますか≫が自然でしょう。「は+疑問詞」「疑問詞+が」が基本で、「が」を使う疑問文を示すなら≪いくつりんご「が」ありますか≫とすべきです。これは、例えば≪テーブルのうえにりんご「が」あります≫という文型で「が+あります」を定着させた流れの中で安易に「が+いくつ+ありますか」を示したのだと思います。

「が+好きです」の文型についても疑問文になると、≪音楽「が」好きですか≫は不自然で、私は「が」を「は」に直して教えています。日本語教科書は数多く出ていますが、残念ながら必ずと言っていいほど欠陥が見つかります。
他の英西独仏語などの外国人に対する言語教育に比べると「外国語としての日本語教育」の歴史がほとんど無いに等しいこともありますが、現在の日本語教育は言わば「外圧」によって必要に迫られて渋々始められた、というのが実態でしょう。

日本語教育について考えるとき、放っておけば母国語が消滅したり隣国の言語にとって代わられる危険が常にある国々と、そんな危険性などついぞ考えたことのない日本との、母国語への国や国民の意識の差を私はいつも感じます。日本語教科書づくりに積極的に厳しい注文をしていくことも日本語教師の大事な仕事の一つで、ひいてはそれが日本語教育全体のレベルアップに繋がると思います。

 

 

⑦「・・というわけだ」について

 

(実は)を入れて、(A)<子供は押し入れに隠れた。(実は)帰ってきた父親を驚かそうというわけだ>と(B)<私はフランス語を勉強する。(実は)フランス人の友達を作りたいというわけだ>を比較してみると、少し違いが見えてきます。「(実は)~というわけだ」は「(本当のことを言うと)~という理由・事情があるのだ」と理解していいと思います。

(A)は「前文の秘密めいた行動の理由が後文で見事に解き明かされる」という関係になっていて、この表現「~というわけだ」にぴったり当てはまりますが、
例(
B)は何かしっくりこない感じがします。もし(B)を<「彼」はフランス語を勉強「している」。(実は)フランス人の友達を「作ろう」というわけだ>と修正すると、「彼」をよく知っている人が、「彼」がフランス語を勉強する、あまり知られていない理由を説明している文になります。

(B)がしっくりこない原因は、第一人称「私」にあるように思われます。つまり「~というわけだ」という表現は「他者の行動のあまり知られていない理由・事情を解説する場合」に使うことが多いではないかと考えられます。面白い問題を提起して頂き、私にもいい勉強になりました。

 

 

⑧「。。。たものですから」を説明したいのですが

 

「~(た)ものですから」の「ものです」は「ものだ」(感動、驚き、当然、強調などを表す慣用表現:形式名詞「もの」+断定の助動詞「だ」)の丁寧な言い方で、これを省略して「~(た)から」と捉えると、あとは原因・理由のニュアンスについて分析すればいいことになります。 接続助詞「から」の代わりに意味のよく似た「ので」を入れると≪~ものです「ので」≫となり、この場合何かしっくりいきません。

「ので」は前文と後文の因果関係が客観的に明確な場合に使われ、「から」はそうでない場合に使われるのが普通です。従って、ある結果の原因・理由を主観を交えた形で述べる場合は「から」を使いたくなるわけです。この例文の場合も「から」を使っていますが、「ものです」で自分の予期しなかった事柄が起きたという感情の提示(「ものだ」)と丁寧さ(「だ」→「です」)を加えることによって、「から」の持つ自己主張の強さを和らげています。


「外国語としての日本語」教育はまだ整備されていないことが多く、日本語文法もその例に漏れません。すでに出回っている権威のありそうな本や辞書に書かれていることも、私たち現場で実践している日本語教師がひとつひとつ検証していく必要があります。お互い勉強して知恵を出し合っていきましょう。

 

 

⑨「すべき」?「するべき」?

 

「べき」は文語の助動詞「べし」の連体形で、現在では文語的な言い回しにのみ用いられ、一般に動詞の終止形に(ラ変動詞などには連体形に)接続します。サ変動詞「す」(文語)「する」(口語)のどちらに接続させるかによって「すべき」「するべき」と分かれますが、「べき」の文語的性格上、やはり「すべき」とすべきなのではないでしょうか。

でも動詞「す」は室町時代にはもう終止形に「する」が併用されていたので、この動詞の正統的文語時代は意外と短命でした。したがって日常会話のレベルでは「するべき」も間違いとは言えない事情があります。

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tag : 「は」と「が」 卵が産まれる 「すべき、するべき」 「を/に頼る」

 
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Re: とても勉強になりました!
> ものすごく勉強になりました!
> 日本語って深い言語なんだというのを、感じたことと、、、、
> 私の日本語力のなさに、恥ずかしいです・・・。
>
> (このコメントの文章も、、、恥ずかしいです・・><)

日本語は本当に面白いですね。ご訪問いつでもお待ちしています。


とても勉強になりました!
ものすごく勉強になりました!
日本語って深い言語なんだというのを、感じたことと、、、、
私の日本語力のなさに、恥ずかしいです・・・。

(このコメントの文章も、、、恥ずかしいです・・><)


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