2017/08
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日本語教育のために

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 ここに記した11個の文章は、ずいぶん前に、ある掲示板上のフォーラムに私が投稿したものです。おもに日本語教師を目指している人たちに向けての文章です。失った文章の多い中で、かろうじて紛失を免れた文章たちです。今では手を加えたい箇所もありますが、あえて投稿した内容のまま再録します。


日本語教育のために 

 

 海外に暮らしていると、どうしても日本を鳥瞰的に見てしまいます。つまり地球儀の上のちっぽけな日本列島が目に浮かび、つい「しっかりしろ、日本」となるのです。同様に、日本語教師としては、日本語を英西独仏などの他の言語と比べて「しっかりせよ、日本語」と言いたくなるときも少なくありません。しかし、別に日本語に罪があるわけではなく、この豊穣な言語を使いこなせないでいる我々自身に責任がある訳ですが、その苛立ちが多少文章に出てしまいましたね。ただ、真の国際化時代を迎えつつある今日、日本語は他の大言語と比べてもその存在価値は極めて大きい、ということを日本人自身が再認識することが先決のような気がします。

 

日本語教育のために(2)

 

 このフォーラムは現職の日本語教師だけでなく、それを目指している方や日本語教育に関心のある方すべてに開かれていて、投稿のテーマに広がりのあるのが特徴だと思いますが、それだけに日本語教育全体を考える上で私は大いに参考にしています。このフォーラムには、時々、表現の慎重さを欠き誤解をまねくような発言で、せっかくの建設的な発言が生かされないケースも見受けられましたが、投稿者はこうした過去の教訓から学ぶことも多く、インターネットを使ったこの種のフォーラムでの発言において少しずつでも成長していると思います。同じ趣味を楽しむ仲間内の会話とも違うし、又、論敵を叩き潰すための道場でもなく、「日本語教育の改善と推進」という一点で結ばれている同士、というのが私のこのフォーラムの参加者に対して抱いているイメージです。

 
 前にも呼びかけたことがありますが、このフォーラムをご覧になっている国語・日本語関係の専門家の皆さん、日本語教育に現実的な力仕事をなさっている文部省・文化庁などの行政関係の皆さん、日本語教科書や日本語教育関連の本の作成に携わっている方々、どうか我々日本語教師と同じ土俵で(このフォーラムで)「日本語教育のために」発言して下さい。このフォーラムの管理者の辛抱強さ、寛大さに感謝しつつ、差し出がましいことを敢えて申しました。

 
 

日本語教師をめざしている皆さんへ

 

 私が住んでいるバルセロナはカタルーニャ語(方言ではありません)とスペイン語の両方が公用語です。街の表示の類もこの両言語が併記されています。長い間使用を禁止されていたカタルーニャ語を今ここの人々は見事に復活させています。小さな子供達にとっては二つの言語を勉強するのは負担になっているかもしれませんが、カタルーニャの人々は自分達の言語を守り伝える大切さを「カタルーニャ語は我々そのものだ」という表現で語ります。言語は最大の文化であり、自分達の存在を証明する唯一のものだと主張します。 「自分達の母国語が禁止されたり消滅するかもしれない」という恐怖を味わったことのない日本人の私には、目を開かされた思いでした。

 
 英語が世界の共通語になりこれからは英語だけを勉強すればよい、といったような情報は、ヨーロッパその他の地域での言語をめぐる争いを目の当たりにすれば、錯覚に過ぎないことがわかります。どの言語も欠けがえのないもので、その中でも重要な言語はネイティブ以外の人にも広がっていく、と思われます。なぜなら、言語を学ぶことはその文化を知る最良の方法であり、多文化を共存・交流させていくのが国際化時代の方向だと思われるからです。

 
 私のところで日本語を勉強しているスペイン人の多くは4カ国、五カ国の言語を勉強しています。「もはや日本語はもっとも重要な言語の一つ」というのが、新たな国際化の波を敏感に感じ取っている彼らの意見です。時代をきちんと見れば、日本語教育の重要さが確認できると思います。世界に日本を伝える大切な仕事、日本語教師をめざしている皆さんに再びエールを送ります。




④「日本語教師を目指している皆さんへ」に返事を下さった皆さんへ 

 

「日本語教師も教師です」と新人教師に言うと、ほとんどが不意を衝かれたような、あるいは困惑した顔をします。日本語についての知識や教授技術は、この「教師としての人間性」が土台になければ、現場では何の役にも立たないものだと思います。いままで自分が生徒として出会った先生達の顔を思い浮かべると、分かりやすいと思います。「この先生のもとで頑張ろう」と勉強する意欲が出てきた経験があれば、その先生のイメージを思い出すことから始めるといいと思います。もちろん好き嫌いの要素は絡みますが、生徒がその先生の「教師としての人間性」に触れたときに、学習意欲が引き出されるのではないでしょうか。我々日本語教師の最大の仕事は学習者の「学習意欲をいかに引き出すか」、ということだと私は考えています。

 
 私の経歴についての質問もありましたので、簡単に触れておきます。私はスペインへ来る前に日本の高校で13年間国語の教師をしておりました。スペインへ来た理由はスペインに魅了されたからです。 現在の世界情勢を知るための本についての質問もありましたので、一言だけ触れておきます。CNN
ニュースなどの質の高いジャーナリズムに直接触れて情報を得たほうがいいと思います。情報過多と言われる日本に届いていない情報が、いかに多いか驚かされるでしょう。 以上、参考になるといいですが。

海外での日本語教師を目指している方へ 

 

(私のところに時々「海外で日本語教師をしたいが…」という相談が寄せられ、同じような悩みを持っている方々のために、今回個人的に返事を出したものとほぼ同内容の文章を投稿しておきます。この方は、日本語教師の資質に「明るい性格」を求められることに戸惑いを感じているようです。)

 
初めに、自分の行きたい国・地域はどこなのかをしっかり見定めることが、これから私の言うすべての前提になります。私の場合も、まずスペインに惚れたところから始まりました。 海外で仕事をするには「心身ともにタフ」であることが第一条件だと思います。海外で日本語教師という仕事をするには、当然ながら更に「教師としての人間性の涵養」「日本語についての専門的知識」「現地語の習得」などが必要ですが、何と言っても「少々のことでは壊れない心と体」が求められます。 日本でよく求められる「明るい性格」は決して日本語教師の絶対条件とは言えず、むしろ極めて日本的な採用条件ではないかと思います。様々なタイプの日本語教師が居て良いのではないでしょうか。

 海外で生活していると、自分が紛れも無い「日本人」であることに嫌でも気付かされ、日本という国、日本文化、そして日本語について深く考えざるを得ないでしょう。そして、異国の地で仕事をすることは物の考え方・視野が広くなる良い機会であることは間違いありません。自立した一人の人間として自分の長所を信頼し、それを生かしたタイプの日本語教師を目指し、夢の実現へ向かって努力してみて下さい。最後にもう一度、海外へ出る前に「心身の鍛練」を忘れずに。陰ながら応援しています。



⑥Re:日本語教師の魅力とは、何ですか? 

 

 日本語教師は言わばこれからの職業で、社会的に正当な評価を得るかどうかは現在この仕事に就いている我々次第だと言えるでしょう。しかも、現日本語教師の責任は、後世から見れば、たぶん我々の想像以上の重さを持っていると思っています。 私はバルセロナで日本語学校を開いてから8年余りになります。日本で13年間高校の国語の教師をした後、私個人の人生観から「二つ目の人生」を始めました。

 
日本は東洋にありながらすでに西洋にどっぷりと足を突っ込んでしまっています。その西洋社会も行き詰まりを見せ、新しい価値観を求めて東洋、とりわけ日本に高い関心を示し始めています。東洋の黄色人種である日本人の私が、プライドの高いスペイン人を相手にヨーロッパの国際都市バルセロナで「外国語としての日本語教育」を始めたのは、新しい鼓動を伝え始めた国際社会を強く意識したものでした。

 
私は日本語教師という職業にレベルの高い役割を要求しています。日本語・日本文化を伝えるプロであると同時に「真の国際化」の担い手として将来の日本の国際社会との関わり方をも左右する重要な存在だと考えています。 私の捉えている日本語教育のイメージが、現時点では、一般の日本人の日本語教育に対して持つイメージとかけ離れていることは充分承知しています。しかし、新しい国際化の波は、すでに国語・日本語関係のお偉方や日本政府の「外国語としての日本語教育」への意識を変えざるを得ない時期に来ている、と私は思っています。

 多文化・多言語の共存を模索する「真の国際化」が進む中で、「日本語・日本文化を国際社会の共通財産に」という外国人達の声に応える準備ができていないことは、我々日本語教師の責任でもあるでしょう。充実しているとはお世辞にも言えない現行の日本語教育の環境を、実質的に改善していくには、日本語教師あるいは日本語教育に関心のある人たちがまとまった声を彼らに届ける必要があるだろうと思っています。そういう意味で、このフォーラムの中から日本語教育に関する問題を整理し具体的な解決へ声を集結する「連絡会」のようなものができればいいな、と期待しています。



⑦Re:
「同じの本」訂正法を教えて下さい 

「同じ」は基本的にはナ形容詞で、連体形が「な」の付かない変則的な活用をして「同じ」となる、で大抵は納得してくれるはずですが、そうは簡単にいかないのが日々の授業ですね。でも、我々日本語教師はこの学習者のおかげで「同じ」の品詞について考えさせられます。この天才的な質問をした日本語学習者に感謝します。「外国語としての日本語」の文法としては便宜的に上の説明でまとめてしまっていますが、「日本語文法」あるいは「国文法」としてはなかなか奥の深い単語だと思います。

「同じ」は文語ではシク活用の形容詞で、口語では終止形「同じい」が現在ではほとんど使われず、連用形「同じく」だけが辛うじて残っています。、つまり「同じ」はイ形容詞だったのか、ということになります。その「同じ」が体言化したものが名詞あるいはナ形容詞(いわゆる形容動詞)語幹あるいは連体詞として扱われる、と考えればいいと思います。国文法では形容動詞を認めない立場があり、この立場からはナ形容詞語幹は名詞となるわけです。

 現在「日本語文法」は、私たち日本語教師が実践を積み重ねて行きながら確立していかなければならない状況だと思います。改めて、この質問をした学習者に敬意を表します。

 

 

⑧「二十歳」「二十日」その他について 

 

 ディベートが成り立つためには「相手の立場に瞬間的に立ち代われる想像力」と「自在なユーモアの精神」が必要のようです。特に顔も見えず声も聞こえないこの種のフォーラムでは、まず相手へ最大限の敬意を払うことから意志の疎通が可能になるのだと思われます。 日本語教育あるいは日本語に関する実のある意見交換が続くことを願いつつ、私見を述べておきます。 初めに、鶴亀さんの3Aへの日本語教科書の内容についての問い合わせとその経過のフォーラムへの報告は、居ながらにして情報を得た我々すべてにとって感謝すべきことだと思います。

 
 次に「二十歳」「二十日」の読み方については、仮に「にじっさい」「にじゅうにち」が急速に広がりつつあったとしても、現時点では、日本語の試験や日本語での面接などで日本語学習者の不利益にならないように配慮すべきで、「はたち」「はつか」をしっかり教え、そのうえで「にじっさい、にじゅうにち、という人もいる」と補足しておくのが妥当だと思われます。 因みに「日本語能力試験出題基準」(国際交流基金、その他の編集)に、「はたち」「はつか」は4級の語彙、「二十歳(はたち)」「二十日(はつか)」は2級漢字・付表に挙げられています。

 日本語の面接でも、日本語学習者が「近頃の日本人より日本語を知っている」と言われれば、日本語教師冥利に尽きるというものです。
私が教えている日本語学習者たちは「和語の響きの美しさ」を時々口にします。文字の無かった時代から今日まで生き残っている和語が失われていくことに、多少鈍感になっている我々日本人より彼ら日本語学習者のほうが、本当に残念がっています。

  

 

⑨「簡約日本語」について(2)

 

 1887年にポーランドのザメンホフによって国際語として発明されたエスペラント語は、人工語としてはかなり成功した例ですが、やはり限界がありました。言語には「道具」の側面と「文化」の側面がありますが、人工語の致命的な欠陥は「文化」としての言語を作り得ない点にあります。すなわち、言語が一種の「生命体」である点を見れば、人工語の発想そのものに矛盾が潜んでいたことがわかります。文化・慣習に根付いたものでなければ日常的な言語としては定着できないことを、我々はすでにザメンホフの試みから学んでいます。

 
 いかなる言語もその語彙を制限し凍結したものは、いずれその生命を失うことになります。国立国語研究所の「簡約日本語」の発想は≪日本語は難しい≫という固定観念から生じたものでしょう。「易しい言語」も「難しい言語」も存在しない、という立場に私は立ちます。あるのは言語の自律性に基づいて「整備された言語」と「未整備の言語」だけだと考えます。日本語は長い間その研究を日本国内の日本人だけに委ねられてきた閉鎖的な印象が強いですが、「外国語としての日本語教育」が推進・定着されるにつれ、これからは世界のどこからでも日本人であろうとなかろうと、優れた日本語研究が出現する可能性が大きいと思っています。

「日本語・日本文化はもはや日本人だけのものではないし、ましてや現代日本人だけの所有物ではない」ということに我々もようやく気が付いてきたのです。そういう意味では今回、国語審議会の議事要旨(第22期、第3委員会・第2回。
http://www.monbu.go.jp/singi/kokugo)の中に、≪日本語に対する日本人の認識と外国人の評価との間には大きなずれがある。≫≪日本人の日本語観に大きな問題があり、その背景には国語教育があると考える。≫の発言が見られただけでも収穫があったのではないかと思っています。

「簡約日本語」はどうやら試みだけで頓挫したようですが、「外国語としての日本語教育」への対応に焦るあまり、歴史に学ぶことなく「簡約日本語」的発想が時々見え隠れするのも又事実で、私の危惧が杞憂に終わることを願うばかりです。

 

  

⑩Re:「は」と「が」の違いって・・・ 

 

「は」と「が」の役割の違いを説明するのによく持ち出されるのが<「は」は旧情報、「が」は新情報を表す>という大野晋氏の唱えた説ですが、この説自体がなお説明を要する性質を含んでいて、私はあまり勧めません。しかも日本語学習者に説明する場合は出来るだけ具体的かつ本質的なイメージを与える必要があります。 まず日本語教師側として確認しておくべきことは、「は」は決して主格を示す格助詞ではなく、係助詞であるということです。(もちろん教授技術の一つとして、学習者のレベルに応じて「は」も「が」とともに<主語の後に付き主語を示す助詞>と説明しても構わないと思います)つまり「は」は<述部を強く意識させる役割>を持っている助詞です。

 
<(1)私「は」田中です。>と<(2)私「が」田中です。>を比較してみます。(1)で「私は」と言った段階で、聞き手は次に続く述部に来る内容に期待し注意を喚起されます。つまりここでは、「は」は「田中です」という述部を引き立たせる役目を持っています。次に(2)で「私が」と言った段階で聞き手はすでに主部に興味を引かれています。つまり「が」は紛れも無い主格の格助詞で、「が」の前の内容、ここでは「私」を強く意識させます。

 
とくに「は」は多面性を持っているので、ここでそのすべてを説明することはできませんが、「は」の持っている役割のうち前述の<①述部を強く意識させる役割>のほか次の二つの重要な役割について触れておきます。それは、<②叙述の主題(テーマ)を提示する役割>と<③他と区別して取り出して言う役割>です。②は「は」を「~について言えば」と置き換えてみると分かり易いと思います。③は「~は~だが、~は~だ」の対比の例文を示すといいでしょう。

 以上、おもに「は」に重きを置いて述べましたが、切り口によっていろいろな説明が可能ですから、あとは他の人の投稿を待ちたいです。少しでも参考になればいいですが。

 

 

⑪Re:卵が生まれる? 

 

 まず「卵が生まれる」について。はじめはどういう質問かちょっと考えたのですが、たぶん<「生まれる」のが「卵」というのはおかしいか?>という意味で質問しているのだと解釈します。「生まれる」は、母体から「子が生まれる」「卵が生まれる」と、両方に使えます。「卵から孵(かえ)る」意味でも使えます。

 次に「に頼る」「を頼る」について。
(1)親戚「に」頼る。 (2)親戚「を」頼る。 「頼る」(「手依る」「手寄る」で「すがる」が原意)の意味から(1)は「全身を寄りかけてすがりついている様子」が想像できます。(2)は「縁故を求めて近づく様子」が想像できます。

 
「頼る」は自動詞と考えていいから、まず「に頼る」が自然で、「を頼る」は別のニュアンスを表現するために登場したと考えられます。「頼る」に似た語で「頼む」(「手祈む」で「祈り願う」が原意か)がありますが、これは他動詞で「親戚に用事を頼む」のように間接目的語に「に」、直接目的語に「を」をつけることが自然にできます。こういう類似語との混同から「を頼る」の表現が登場したのかもしれません。「頼む」との関係は、あくまでも仮説です。参考になればいいですが。

 

 

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tag : 日本語教育 日本語教師 海外 簡易日本語 「が」と「は」

 
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