2017/06
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日本語のエッセンス(30)日本語教育の衒学趣味(知識のひけらかし)について

(*写真:四国八十八箇所霊場巡路の御朱印。いわゆる「お遍路」を帰国した際に巡っている。こうした書の魅力はあるが、もっと世界中の若い世代も参加できるようなシステムを作らなければ、サンティアゴ巡礼路のように世界遺産に指定されるのは難しい)

日本語のエッセンス(30)日本語教育の衒学趣味(知識のひけらかし)について

 

日本語教育関係の文章には、いろいろと難しそうな用語が使われているのが目立ちます。日本語についての文章なのに、矢鱈に英語などの発音をそのまま写したカタカナ語が多いのにも思わず首を傾げてしまいます。

カタカナ語がダメなのではなく、付け焼刃の知識と見せかけの権威をふりかざすだけの姿勢、言わば「薄っぺらな知識のひけらかし」がお粗末なのです。

日本語教育の集まりには必ずこの衒学趣味(ゲンガクシュミ。ディレッタンティズム)がどっかりと真ん中の椅子に座っていて、お陰で私はこうした集まりには距離を置くようになりました。

 

さて今回は、こうした背景を踏まえて、自称日本語教師・研究家の多くが口にする「ムード」「モダリティ」とは何なのか、について触れてみたいと思います。

 

以下、≪≫は引用部分、*は私の注釈です。

 

「ムード」と「モダリティ」

 

『縮刷版 日本語教育事典』(日本語教育学会編 大修館書店1998年第11刷)にはモダリティの見出し語は無く、「ムード」の項目の説明の中で登場するだけです。その「ムード」(寺村秀夫氏の執筆)には次のような説明が見えます。

 

≪事柄・叙述内容、又は、話し相手に対する話し手の態度が一定の文法形式――普通は動詞の形態――によって表現されるとき、それをムード、又は、モダリティという。≫

 

*この事典では「ムード」=「モダリティ」ということです。

 

この事典によると、印欧語文法では「直説法」「仮定法」「命令法」の三つがムードとして挙げられ、これにギリシャ文法の「願望法」を加える人もある、とし、さらに次のように続けています。

 

≪英文法では、また、shall,will,must,shouldなどが、やはり話し手のいろいろな判断のしかたを表すゆえに「ムードの助動詞」と呼ばれ・・・≫

 

*「ムード」あるいは「モダリティ」という用語が日本語教育で取り上げられるのは英文法での解釈だろうと思われます。

 

 ≪具体的に日本語の文のどのような構成要素をそれ(ムード:私註)と認めるかについては、見解が大きく分かれる。≫

 

*つまり、「ムード」(あるいは「モダリティ」)が日本語文の中でどの表現を指すのかは定まっていない、ということになります。

 

さて、『日本語教育重要用語1000』(国立国語研究所 柳澤好昭 石井恵理子 監修。 1998年バベル・プレス発行)を見てみます。ここには「モダリティ」「ムード」の両方の見出し語があります。

 

≪モダリティ・・・法性。陳述内容に対する話し手の意見や態度を表す語彙的、文法的な表現手段。(中略)モダリティのうち語形変化に基づくものをムードという。≫

 

*この本では「モダリティ」と「ムード」は同じものではなく、「モダリティ>ムード」の関係があると言っています。

 

それでは、この本の「ムード」の項目を見てみます。

 

≪ムード・・・陳述内容に対する話し手の主観を表す(法性=モダリティ)には。語彙的手段や文法的手段などさまざまな表現手段があるが、そのうち語形変化に基づくものをムードという。日本語では条件法(~ば/~たら)、推量法(~だろう/~らしい/~ようだ/~そうだ)、命令法、意思・勧誘法、願望法、依頼法がある。・・・≫

 

*この本には各項目の執筆者が明記されていないので執筆者が同一かどうかは分からないが、「モダリティ」と「ムード」との関係の説明(モダリティのうち語形変化に基づくものをムードという)は二つの項目で一致させています。

 

ところが、この本では「モダリティ」と「ムード」の定義で使われている「陳述」の説明が無い。見出し語としてある「陳述副詞」「陳述文」にも「陳述」自体の説明が無いのです。

 

そこで、『日本語教育事典』を見ました。

 

〇山田孝雄の「陳述」の定義・・・≪人間の思想の統一作用(統覚作用)のことである。それが言語上に発表されたものを句(単位文)という。・・・≫

 

〇芳賀綏の「陳述」の定義・・・

(1)≪それに先行して客体的に表現された(カッコ内は略)事柄の内容についての、話し手の態度[断定・推量・疑い・決意・感動・詠嘆・・・など]の言い定めである。≫・・・「述定的陳述」

 

(2)≪事柄の内容や、話し手の態度を、聞き手(時には話し手自身)に向かってもちかけ、伝達する言語表示である。すなわち、[告示・反応を求める・誘い・命令・呼びかけ・応答・・・など]≫・・・「伝達的陳述」

 

*「陳述」についての山田孝雄の定義は引用されている部分だけでは抽象的過ぎる。芳賀綏の定義を見ると、(1)(2)の両方を合わせて言ったものが『日本語教育事典』の「ムード」(=「モダリティ」)の定義と重なる、というよりも、つまりは同じことを言っているように私には思われる。すなわち、「ムード」(=「モダリティ」)=「陳述」ということです。

 

*一方、「陳述」の概念そのものに「話し手の態度」が含まれているのだから、芳賀綏の「陳述」の定義をそのまま『日本語教育重要用語1000』の「モダリティ」の定義文に当てはめてみると、「陳述内容に対する話し手の意見や態度を表す語彙的、文法的な表現手段。」という表現は的確とは言い難い印象を持ちます。

 

*こうして見ると、『日本語教育事典』の「ムード」(=「モダリティ」)の定義のほうが的確性があるように思われます。

 

*それでは、「ムード」(=「モダリティ」)=「陳述」と解釈していいのか?

 

実は『日本語教育事典』の「陳述」の説明の最後に、

≪日本語教育においては、以上のような陳述論争にかかわらず、文末表現に留意させることは重要で・・・≫

 

とあるように、「陳述」の定義にも見解の違いがあるのですから、厄介なことです。

 

ほかの本も見てみます。『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』(松岡弘 監修。2000年第2刷スリーネットワーク発行)の§28「関連づけ」の章の「もう一歩進んでみると」(p289)の中で、野田晴美氏の「のだ」論に言及して、

 

≪「ムード」は「モダリティ」とほぼ同義です。≫

 

とあります。

 

*「ほぼ同義」とはいかにも困った表現です。これでは「ムード」と「モダリティ」の関係を知ることはできません。

 

『日本語文法ハンドブック』には「ムード」の説明は無く、コラムとして「モダリティ」を扱っています(p175)。

 

≪モダリティとは、簡単に言えば、話し手がことがらをどのようにとらえ、どのように述べるかを表すものです。≫

 

*これは易しく定義をしているようで、実は曖昧すぎて分かりにくい。

 

このコラムの最後に、

≪このようにすべての文は客観的なことがら(命題)と、話し手の主観であるモダリティによって構成されているとするのが、現在の文法研究の定説です。≫

 

*これは、時枝誠記が日本に古くから伝わる「詞」(客体的概念的表現)「辞」(話し手の立場の表現)を使って句を説明したものとどう違うのだろうか?

 

*「モダリティ」「ムード」を調べてみての感想・・・日本語教育に「モダリティ」「ムード」などと、英文法の用語を持ち出して何か新しいものでも発見したつもりで、実は足元を見ていないのではないか、草葉の陰で日本語研究の先人たちが哂っているのではないか、という大いなる疑問が湧いてきました。

 

「ムード」「モダリティ」についてもう少し触れようと思います。

 

それは日本語学(ここでは特定の学派は想定していない)というものがあるのなら、その学問的展開の前提となる用語の確認・整理の作業が必須だと思われるからです。「ムード」「モダリティ」はその作業の端緒として面白い素材だと思います。

 

いろいろ調べてみると、この二つの(一つの?)概念が日本語学にとって非常に興味深い研究対象になっているにもかかわらず、その定義が幾重にも誤認されてきた痕が見て取れるのです。

驚くことに、この分野を熱心に研究されてきた方々の間でも定義がまちまちで、しかもそのことを一先ず棚に上げて論を進めている方が少なくないのです。「ムード」「モダリティ」について書いていらっしゃる学者、研究者自身がよく分かっていない、というのが本当のところかも知れません。

 

ここからは「日本語用語」としての「ムード」「モダリティ」の定義がどのように説明されているのかを見てみます。

 

≪≫は引用部分、*は私の注釈です。

 

『日本語がわかる事典』(2000年、林巨樹 池上秋彦 安藤千鶴子 編、東京堂出版)

 

≪モダリティ(執筆者:堀崎葉子氏)  

 

〔定義〕 叙述しようとする事柄に対する、話し手(書き手)の表現時における心的態度をいう。ムード。文法における「法」。叙述の一つ。

 

〔解説〕

1)「ムード」「法」とは、西欧文法の述語で「仮定法」「直説法」「条件法」などのように、話し手の心的態度の違いをしめすために、動詞がとる語形変化のことをいう。

日本語では、意志や推量といった話し手の心的態度を表すのは、助動詞、終助詞などであり、西欧語に見られる「法」とは性質を異にするものであるが、これらをモダリティ(ムード・法)という文法範疇として扱う。

 

*まず、「西欧文法」とは乱暴な括り方。ここは「ラテン文法」、せいぜい「印欧文法」としたい。「心的態度」はモダリティについて説かれる際、よく使われる論文用表現だが、学者の内輪言葉風でいかにも勿体ぶっている印象を受ける。

「気持ち」でその言わんとすることは表現できるのではないだろうか。鎧兜を纏ったような内輪言葉風専門用語は、できるだけ使わないようにするのが開かれた世界としての日本語学になる条件であろう。

 

とにかく、この事典では「モダリティ=ムード=法<文法範疇」ということになる。

 

3)事柄の客観的な叙述に対して、話し手の判断や態度を表す働きを「陳述」と呼ぶことがあるが、その意味で使われる「陳述」はモダリティに相当すると考えられる。 

 

*「陳述=モダリティに相当」だと言う。そこで、同じ事典で「陳述」の項を見てみた。

 

 

 

≪陳述(執筆者 小野正弘氏) 〔定義〕山田孝雄が初めて用いたといわれる用語。文を統一した姿で最終的にまとめあげる働き。

 

〔補説〕「陳述」の語は西欧の言語学に、これと対応する述語を見いだし得ない。日本文法学独自のものである。

 

*「この「陳述」の項の〔補説〕は先の「モダリティ」の項の〔解説〕にあった「陳述=モダリティに相当」の見解とは一致しているとは思われない。同じ本事典でも執筆者の見解の相違が見られるわけである。

 

さて、次に示す「モダリティ」「ムード」の記事は長崎の図書館で調べたものです。≪≫は引用部分、*は私の発言です。

 

『現代言語学辞典』(1988、編者代表 田中晴美、発行 成美堂)

 

modality(法性):文法範疇の一つである法(mood)の意味または特性。モダリティ、様態などともいう。≫

 

mood(法):話し手が叙述内容に対してどのような心的態度をとるかを表わす文法範疇。叙法、話法ともいう。≫

 

*前回の私の投稿の際調べたことと上記の記述を合わせ考えると、言語学用語としての「mood(法)」は具体的な表現形式を指し、「modality(法性)」はその性質、つまり抽象概念を指して言っているようだ。この解釈が適切ならば、

 

mood(法)」という表現形式は「話し手が叙述内容に対してとる心的態度」を示す「modality(法性)」という特性を持っている、とまとめられる。

 

同じ内容を指しながら一方の「mood(法)」は「具体的な表現形式」そのものを指し、もう一方の「modality(法性)」は「抽象的な特性」を指すことから、日本語文法の世界では「ムードとモダリティは同じだ」と言う人と「いや違う」と言う人が出てくる仕組みになっているようだ。

 

ところが日本語の文法の世界では、こうした同じ内容の中の差異とは別に「ムード」と「モダリティ」を内容的に分けて言う人々もいる。上記の『現代言語学辞典』にその辺の事情に触れている箇所があるので次に引用する。

 

≪日本語の文法で、法(私註:mood)という用語は普通、用言の活用形の区別に用いる。…(中略)…例「パンを食べ【る】」(終止法)、「パンを食べる【か】」(疑問法)、「パンを食べ【ろ】」「パンを食べる【な】」(命令法)など、さらに述語が文末で言い切りにならないものに三つの法がある。…(中略…)例:「パンはたべる【が】、バターはつけない」(接続法)、「パンが食べられれ【ば】よいのだが」(仮定法)、「パンを食【べ】、紅茶を飲む」(中止法)など、分類の仕方には種々の説があるが、いずれをとるにしても、日本語文法における法の概念は印欧語における法とは性質が異なる。

印欧諸語における法性を日本語においては主として終助詞やいわゆる情態副詞などによって表現する。≫

 

そしてこの項の筆者は次のように結んでいる。

≪法を形態論的な形式によるものに限定するならば、日本語は多くの印欧諸語のような体系的な法という文法的範疇をもっていないことになる。≫

 

*日本語の文法では「ムード」と「モダリティ」の用語が使い手によって異なった概念になっていることがある。その異なる概念を前提にして論文などが書かれるとしたら、読み手はたまったものではない。ましてや、外国人の日本語研究者はお手上げである。

 

mood」「modality」はまず「論理学」用語と「言語学」用語の識別、それから言語学用語の中で「印欧語学」用語と「英語学」用語の識別、そして、それらと歴史的に浅い「日本語学」に当てはめた場合の用語との識別をきちんとしたうえで整理し直さなければ、とりわけ日本語文法の若い研究者や外国人研究者、さらには研究論文の読み手に、不必要な混乱を生じさせることになる。

日本語学の専門用語は論理学と言語学を混同した誤認や印欧語と英語学を混同した誤認が入り混じって、平然と日本語学の世界に入り込んでいる、というのが、実情ではないだろうか。ひとり「ムード」「モダリティ」だけの問題ではない。

 

「ムード」と「モダリティ」についてさらに調べたことを報告しておきます。

 

『モダリティの文法』(益岡隆志、1991年くろしお出版)

29≪1、はじめに:「ムード」は動詞類の屈折体系に関わる文法範疇のこととする。この立場からすると、「ムード」は屈折の体系を有する類型の言語に対してのみ有意味な概念である。例えば、スペイン語は直接法(私註:正しくは「直説法」)、接続法、命令法の区別が動詞の屈折に関与するといった具合である。

 

これに対して、「モダリティ」は言語の個別的、類型的なあり方に縛られない、一般性の高い概念として定める。すなわち、「モダリティ」は、その現れ方こそ言語によって様々であろうが、何らかの形ですべての言語に関わり得る文法概念と考えたい。≫

 

*この本では「ムード」と「モダリティ」は別のもののように扱っている印象があるが、「モダリティ」については最後に「・・・と考えたい。」と結んでいる。要するに、はっきり分からないが自分はこう考えたい、ということである。ここの説明を見る限りでは、私が先の投稿で述べておいたように、「モダリティ」は「ムード」の抽象的特性を表わす表現と考えたほうが無理が無いのではないか。

 

とにかく、この本の著者は、「ムード」については日本語を対象とする場合は有意味な概念ではない、としている。

 

こうして観てくると、「日本語学で専門用語として度々登場する「ムード」「モダリティ」の語の「定義」が迷路に入り込んでしまっている実情がよく分かってきます。

 

自分自身よく分からないカタカナ語や専門用語らしきものを、ただひけらかすだけの非生産的行為は、いわゆる衒学趣味(ディレッタンティズム)と言われます。

この種の趣味はこれからの日本語教育には要りません。

 


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