2017/02
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日本語のエッセンス(15)「母」はかつて「パパ」と呼ばれていた

(*写真:バルセロナのショーウインドウを覗く。SENSAIとは「繊細」だろう。日本の化粧品のようだ。日本語のS音は美しく聞こえるらしい)



日本語のエッセンス(15)「」はかつて「パパ」と呼ばれていた

 

日本語について摩訶君と不思議君が話している。

 

摩訶:「には二たびあひたれど 父には一度もあはず」

これは室町時代の『後奈良院御撰何曾』という書物に書かれていた謎々だけど、分かる?

 

不思議:「には二度会ったけれど、父には一度も会わない」ものなあーんだ、ということか…。このままじゃ全く見当が付かないなあ。何かヒントはないの?

 

摩訶:じゃ、ひとつだけヒントを言うと、これは日本語の発音に関しての謎々だよ。

 

不思議:発音か。「ハハ」には二度会ったけれど「チチ」には一度も会わないもの、とは何か、だね。

 

「ハハ」「チチ」……両方とも同音が二度繰り返されているけれど、「ハハだけ二度会う」とはどういうことか、さっぱり分からない。

 

摩訶;最初に言ってあるけど、この書物が書かれたのが室町時代だ、というのを思い出して欲しい。さらに言うと、室町時代の「」の発音がこの謎々を解くカギになるよ

 

不思議:「ハハ」じゃないの?じゃ「ママ」か。そんなわけないよね。(笑)

 

摩訶:(真顔で)いや、それは近いね。って言うのは、「」の発音は奈良時代以前は「パパ」だった、という可能性が」高い。今のハ行の子音は、少なくとも上古の時代には [p] 音であったという説が有力なんだ。

 

これにはちゃんと根拠があるのさ。「ハ」の万葉仮名「波」や「播」の漢字音を調べると、上古音(周~秦代)はpuar、中古音(隋・唐代)はpuaで、ともにp音で始まっているし、琉球語の中の先島方言などで「花」を[pana]などと言うのはこの音が遺るものだと唱える学者もいるんだ。

 

 不思議:「」が以前は「パパ」か。なんか込み入った事情がありそうだね。

 

摩訶:現代日本語の「母(haha)」の「h」音は「声門音」だから喉は使うけれど唇は使わないんだよね。

 

不思議:あっ、そうか、「二度会う」と言うのは「上唇と下唇が二度出会う」・・・この謎々の答えは「唇」だ。でも「母」を「パパ」と発音していたのは奈良時代以前なんだろ?この謎々が書かれた室町時代でも「唇が会う」発音だったんだろうか?

 

摩訶:謎々の正解は「唇」でいいけれど、問題は今言ったように室町時代の「母」の発音だね。

 

ハ行」の子音は、奈良時代以前は「P」音、それ以降は「F」音だった、と言われているんだ。つまり「ハハ」(haha)は「ファファ」(fafa)だったんだと。室町後期のことばを集めた「日葡辞書」の「母」の欄にも〔fafa〕の発音が書かれているよ。

 

不思議:じゃ今の「はひふへほ」は「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」と発音されていたんだね。

 

摩訶:そういうこと。「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」はローマ字で書くと「FaFiFuFeFo」だけど、日本語の「ファ行」の子音は国際音声記号IPAで表記すると〔ɸ〕となるんだ。英語の「F」音は、知っているように上前歯が下唇に触れたまま息を出すときに発生する摩擦音で「唇歯音」と呼ばれ、IPAでも〔f〕と表記される。

 

日本語の「ファ行」の子音〔ɸ〕は、ロウソクの火を吹き消すときのように唇を丸めて上唇と下唇が触れるか触れないかの形で出す摩擦音で「両唇音」と呼ばれる音だ。

 

「唇歯音」の英語〔f〕音と「両唇音」の日本語〔ɸ〕音は出し方が違う音だけど、音の発生箇所はすごく近いんだ。

 

不思議:ところで現代日本語の「ハ行」はローマ字で「HaHiHuHeHo」でいいんだよね。いや、まてよ…。たしか「フ」だけはFを使って「Fu」って書いていたな。

 

摩訶:うん、いいところに気づいたね。現代日本語の「ハ行」は、訓令式ローマ字では「HaHiHuHeHo」で、ヘボン式ローマ字では「HaHiFuHeHo」のように表記するんだ。両者の違いは「フ」の表記で、訓令式が「Hu」でヘボン式が「Fu」になっている。

 

IPA(国際音声記号) で見ると日本語の「フ」[ ɸɯ ]̹の子音は〔ɸ〕(両唇音)で、音が発生する箇所から言うと、〔ɸ〕に一番近い位置は〔f〕(唇歯)で、〔h〕(声門)が一番遠い。3つとも摩擦音だけど、日本語の「フ」をローマ字で表すとすると、その子音は、やはり「F」で標記したほうが発音が近いことを示せるわけだ

 

外国人のための日本語教育の教科書ではヘボン式ローマ字が使われていて、五十音図の「フ」は「Fu」となっているんだ。これは訓令式ローマ字の「フ」表記である「Hu」よりも音は日本語の「フ」の[ ɸɯ ]̹ (両唇音)の音に近いけれど、近いだけに英語発音の〔f〕音(唇歯音)と間違えやすいんだ。

 

不思議:現代日本語のハ行がじつはパ行ファ行から来ていると知れば、なるほど、「フ」の発音がIPA(国際音声記号)では〔h〕でも〔f〕でもないけれど、ヘボン式ローマ字では「F」で現している理由が、よく分かるね。

 

摩訶:こんなわけで、現代日本語の「ハ行」の子音は、じつは遠い上古の時代には「パ行[p] 音であった可能性が高く、それが奈良時代には「ファ行[ ɸ ]̹音になったと言われていることが分かったと思う。

 

これが最初に紹介した室町時代の謎々「母には二たびあひたれど 父には一度もあはず」の背景なんだ。

 

ところで、日本語の「ハ行」変遷の歴史に見られるような「pfh」と発音が変化することを「唇音退化の法則」と言うんだけど、日本語がだんだん発音しやすいように変わってきていることは、「ハ行」だけでなく、何か実感できるものがあるね。

 

不思議:それはあるね。例えば、最近気づいたんだけど、「すごい」という言葉も現代日本人は活用させないで使っているね。「すごい嬉しい」とか。

 

摩訶:そうだね。「すごい」は世代を問わず、活用のある形容詞としては使わなくなってきているね。みんな副詞になってしまっているよ。

 

不思議:「すごい人が多い」なんて平気で言ってる。「すごい人」が多い? 「人がすごく多い」と言っているつもりで、何でもかんでも「すごい」で済ませている。これはもう「唇音退化」どころじゃないね。「すごい」を「すごく」と活用させることさえも面倒臭くなってきているのかな。そのうち、唇も舌も歯も、しまいには声門さえも使わなくなってしまうんじゃないか。

 

摩訶:興味深いことに、国際的に活躍している一流のスポーツ選手のほとんどが「すごく」と適切な使い方をしているんだ。何語で話すにしても適切なコメントが要求される彼らのコミュニケーション意識は、我々も大いに参考にするべきだと思う。

ともかく、「すごい」なんかに代表される活用語の「不活用」化や、「ハ行」に見られる日本語に対する日本人の発音上の「退化」が進めば、その先にどんな日本語が待っているんだろうか。未来の日本語を覗いてみたい気もするね。



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