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日本語のエッセンス(11)「課長はお酒【が】強い」と「課長はお酒【に】強い」を考える

(*写真:日本語会話練習風景。「これ、どう言うんだったっけ・・・」楽しみながらも集中力は高い)

日本語のエッセンス(11)「課長はお酒【が】強い」と「課長はお酒【に】強い」を考える

 

 「課長はお酒【が】強い」と「課長はお酒【に】強い」の場合の「が」と「に」の比較は見かけほど簡単にはいかないようだ。

 

≪課長はお酒「が」強い≫

の文での「酒が強い」は「酒の度数が強い」の意味ではなく「課長は酒に対して強い」の意味だから、「酒」は「強い」の対象語で、この場合の「が」はいわゆる対象語格(時枝誠記氏の提唱)になる。この「対象語格」については後で述べる。

 

次に

≪課長はお酒「に」強い≫

の文の「に」は「に関して」の意の格助詞で、特定の形容詞の前に付いて慣用表現を表す。例えば、

≪彼は数学「に弱い」≫≪彼は子供「に甘い」≫≪彼はお金「に汚い」≫

などを見ると、それぞれ「が不得手だ」「に厳しくない」「にさもしい。けちだ」となり、本来の意味と異なる意を示している。

 

「酒に強い」は「酒に関しては得意だ」の意味になるので、場合によっては「酒については何でも知っている」の意味にも受け取れ、「酒が強い」よりも意味の範囲が広いと言える。これは「数学に強い」「数学が強い」にも当てはまる。

 

しかし、「に」が使えて「が」が使えないケースも多い。

例えば「彼は子供(〇に)(×が)強い」「彼はお金(〇に)(×が)強い」「彼は女性(〇に)(×が)強い」を観ても、「に+能力」の表現は「が+能力」の表現より使用範囲が広い。

 

つまり、「酒が強い」の「が強い」は「が得意」の意味で、その「得意」が「が」に付きやすい性格を持つ「能力・感情」を表す形容動詞(日本語教育では「ナ形容詞」)だからである。

いわば「が好き・が嫌い」のグループに入る語たちである。

 

 さて、この「能力・感情」形容動詞(ナ形容詞)の前に「どうだ!」という感じで常に威風堂々と存在感を示す格助詞「が」について考えてみよう。

 

日本語のガ格は英語などで言う主格に似通った点はあるが、

「雨が降る」「地震が起こる」など自然の力を表したり、「彼が来る」「酒が好き」など眼前の事実や嗜好を示す表現に「が」が絶対の役割を果たしているのは、

「が」が「人間の力では抑制できない、あるいは、第三者の力では抗(あらが)えない、ただ受け入れるしかない、厳然たる事実」

を指し示す、という限定した条件が背景にある点で、英文法のいわゆる主格とは大いに性格を異にしているからである。

 

いわゆる「主格のガ」について次のように捉えてみる。

 

「雨が降る」「塀が高い」における「が」のように、動作・作用・状態の主体を指し示す格助詞を用いた表現は、一般的には江戸時代以降に広まり確立したと言われている。この「が」の出自は「我が国」の「が」のように所有格として用いられてきたものである。いわば「主体を指し示す」はガ格の新参者である。

 

古来、日本人は動作・作用・状態の主体を明確にすることよりも、その動作・作用・状態を自然的な生起として把握することに関心があったようだ。日本語を母語とする人々の、人為的なものよりも自然の営みから生起するものを畏敬する傾向は、「所有格のガ」が役割分化して「主体を指し示すガ」として使われるようになってからも基本的には変わらずに来た。

 

今日の表現で考えても、「好きだ」と言えば「気に入ったものに向かってひたすら心が走る状態」を示すのだが、そういう状態になった感情主に「主体を指し示すガ」は付かない。感情主をそういう状態にさせた「生起主」に「が」が付くのである。

 

「私は彼女が好きだ」の文においては、感情を「好きだ」という状態にさせる「生起主」は「彼女」であるから「彼女」に「主体を指し示すガ」が付いているのだが、感情主は「私」ということになる。

 

「仕事が出来る」の「出来る」とは「仕事」そのものが「出て来」てその姿を現すのであり、「仕事が気に入る」の「気に入る」とは「仕事」自体が感情主の「気に入(はい)ってくる」のであり、「山が見える」の「見える」も「山」自らが感覚主の「視界に入ってくる」のである。

 

そして、「彼女が好きだ」とは、「彼女」の存在が感情主の感情を「好き」という状態にさせる、つまり「彼女」が「生起主」、と捉えるのが極めて自然であることの所以が上に述べた<日本語母語者の変わらぬ傾向>にある。

それが、私が最初に示した文例「課長はお酒【が】強い」の【が】に生きているのである。

 

ただ、現在「彼女【を】好きだ」のような言い方がされるのは、誰が誰を好いているのか、ということを明確にする必要から、言わば文法を外して使わざるを得ない状況に合わせた表現なのである。

 

格助詞「に」と「が」の性格の違いについては上に述べたとおりだが、「が」が日本語文の解明にとって最も重要な鍵になることを鑑みて、また別の角度からその正体に迫る必要があるだろう。




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