2017/04
≪03  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30   05≫
バルセロナのサムライ「ガウディの遺言」(10)月夜の先客
先客 1000x 20101117022814da5


バルセロナのサムライ「ガウディの遺言」(10)月夜の先客

 

さて、佐分利が「サグラダ・ファミリアに忍び込むぞ」と私に耳打ちした、その日の夜11時過ぎ、警備員の最終見回りが終わった頃、サグラダ・ファミリアの「生誕の門」を見上げている二人の男がいた。濃紺の夜空に突き刺さるように聳(そび)える“怪物”の触角、その横に輪郭の滲んだ月が場違いな明るさを振りまいている。秋も深まったというのに妙に生暖かい風が二人を包み込んで、私も何か背筋を舐められたような薄気味悪さを感じていた。

 

「狼男でも出てきそうな夜だな」堪らず私はおどけた調子で佐分利に囁いた。彼は細めた眼を生誕の門の入口の扉に移しながら、

「狼男より恐ろしい奴に会えるかも知れないぞ」と声を立てずに笑った。

 

私も無意識に佐分利の視線の先に目を遣ると、入口の扉がほんの僅か開いて、中から手招きする影が見えた。佐分利はすでに扉の方に歩き出していた。私も足早に扉に向かいながら、扉の陰の人物を見定めた。案の定、マリアだった。

 

マリアは我々を迎え入れると、人差し指を口に当て、悪戯っぽく目で合図した。電気は点けず、彼女は懐中電灯で我々を門の奥へと導いた。前もって佐分利と綿密な打ち合わせがされていたようだ。どうやら尖塔のほうへ行くらしい。エレベーターは使わず、螺旋階段を登り始めた。何回ぐらい螺旋を廻っただろうか。できるだけ足音も抑え、沈黙のまま階段を登っているうちに、何度目かの踊り場でマリアが立ち止まった。

 

佐分利とマリアはさすがに毎日剣道と忍術の稽古をしているだけあって少しも息の乱れはないが、私は自分でも分かるほど息が切れていた。不意にマリアがその踊り場の壁の前でしゃがみ込んだ。床と壁の下の僅かな隙間に何やら針金状の物を差し込んで、数秒の間カサカサと指先を動かして集中していた。作業が終わったらしく、彼女は立ち上がり、徐(おもむろ)に両手を壁に当ててゆっくりと押した。

 

すると、どうだろう。踊り場の壁の一面が動き、壁の中央を縦軸にして絡繰り壁のように僅かに回転したではないか。開いた僅かな壁の隙間を更に広げ、人ひとりが通れるほどに開けたところで、佐分利がマリアの肩に指先で合図した。まず彼が隙間に体を入れて、こちらを振り向き、軽く頷いてから向こうの闇に消えた。彼は腕時計に仕組んである懐中電灯を点けて、残る我々を迎え入れた。

 

やがてマリアが部屋の灯りを点けた。四畳半ほどの部屋には中央に大きなテーブルがあり、その周りには書棚が取り囲んでいた。

「驚いたね、こんな隠し部屋があるとは」私は思わず感嘆の溜め息をついた。

「サグラダ財団理事長のイニャキ・マルティネスさんしか知らない部屋よ」マリアは軽く片目を瞑って見せた。

 

「さて、マリア、例の見取り図を出してくれ」佐分利はあくまで冷静だった。彼とマリアの間では、すでに今晩ここで何が起ころうとしているのか全て分かっているようだ。佐分利が言っていた「狼男より恐ろしい奴」とは何者なのだろうか…。

 

我々はその部屋を出て、螺旋階段をさらに上に進んだ。マリアのかざす懐中電灯の灯りを頼りに我々三人は黙々と階段を上って行った。暗闇の中で足音だけが響き、奇妙な緊張感を共有していた。螺旋を何周か廻った所で、マリアが立ち止まった。ここで行き止まりだ。

 

そこには扉らしいものはなかった。また隠し扉があるのだろう。私はマリアの顔を覗き込んだ。彼女は今度は壁には目もくれず、躊躇(ちゅうちょ)なくしゃがみこんで床を手のひらで撫で回した。そのままの姿勢で少しずつ移動しながら這い回るように何かを探した。

 

懐中電灯を頼りにしばらく床を這っていたマリアが、動きを止めた。

「あった」そう小さく呟(つぶや)くと彼女は、指先で抑えたその床の部分を押して左右にスライスさせた。すると中から引手らしいものが出てきた。それを上に引っ張ると小さく床がめくれ上がり、人ひとりが入れるほどの入口が現れたではないか。まず佐分利が入り、暗闇の穴に続く梯子(はしご)を降りて行った。

 

マリアに続き私も梯子段を伝って暗闇の底に降り立った。窖(あなぐら)の低い天井にぶら下がった裸電球を点けると、古びた机と椅子がぽつんと置かれているほかは、一番奥の方に年季の入った金庫のようなものが黒光りしているのみであった。

 

マリアはその黒金庫に走り寄ってしゃがみ、中央のダイヤルを手元のメモ用紙を見ながら慎重に動かした。そして、金庫に耳を寄せ、微かにカチという音を聞いたようだ。ゆっくりと扉を開けると、中に大型の茶封筒が幾つか見えた。しかし、それらは乱雑に置かれていて、それを見た佐分利の顔が僅かに歪んだ。

 

「やられた…」マリアが佐分利を見上げた。どうやら先客がいたようだ。

 

我々はもう一度目当ての茶封筒を探したが、やはり見つからなかった。

「まだ、その辺にいるはずだ。急ぐぞ」佐分利は珍しく動揺していた。抑えたつもりの声が裏返っていた。彼はこの窖に入ってすぐ電球を触っていた。点ける前の電球が暖かかったに違いない。結果は予測していたが念のためマリアに確認させた、ということらしい。我々は全ての封筒を金庫に戻し、窖を出た。いよいよ「狼男より恐ろしい奴」とご対面か。私は軽く身震いした。それにしては風は妙に生暖かいのだ。

 


<↓クリックすると関係ブログが見られます>

にほんブログ村 旅行ブログ スペイン旅行へ にほんブログ村 旅行ブログ 中南米旅行へ にほんブログ村 教育ブログ 日本語教育へ


関連記事
スポンサーサイト

tag : 小説 バルセロナ サグラダファミリア ガウディ 月夜

 
Secret
(非公開コメント受付中)

バルセロナの情報&コミュニティサイト「バルセロナ生活」
Living in Barcelona, Spain 世界各国/地域に1サイトのみの海外日本人向けのサイトのバルセロナ版です。 読者による投稿型サイトなので、皆さんの投稿で出来上がっていきます。
最近の記事
カテゴリー
プロフィール

黛 周一郎Shuichiro Mayuzumi

Author:黛 周一郎Shuichiro Mayuzumi
Centro de japonés
NAKAMA-ASOCIACIÓN PARA EL FOMENTO DEL INTERCAMBIO CULTURAL HispanoJaponés

FC2掲示板
FC2カウンター
連載「バルセロナの侍」「スペイン語を一か月でものにする方法」など
①小説「バルセロナの侍」 ②言語習得「スペイン語を一か月でものにする方法」 ③旅行記「ガラタ橋に陽が落ちる~旅の残像」 ④エッセイ「人生を3倍楽しむ方法 - なぜ日本を出ないのか」 を連載しています。
にほんブログ村
<↓クリックすると関係ブログが見られます>
にほんブログ村 教育ブログ 日本語教育へ
にほんブログ村 旅行ブログ スペイン旅行へ
にほんブログ村 旅行ブログ 中南米旅行へ
にほんブログ村 教育ブログへ
にほんブログ村 旅行ブログへ
人気ブログランキング
PC2ブログランキング
FC2 Blog Ranking

FC2Blog Ranking

ブログ王
QRコード☛このブログのアドレスをケータイやスマホでメモできます。
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Publicación 出版著書 La esencia del Japonés
     ”La esencia del Japonés'      - Aprender japonés sin profesor     『日本語のエッセンス』ーひとりでまなぶにほんごー                    ↓
ブログ内検索
ブログ内記事リスト&リンク
By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ