2017/04
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バルセロナのサムライ(9)因業の教会



バルセロナのサムライ(9)因業の教会

 

 翌朝、十時には私は佐分利の探偵事務所にいた。昨日の真剣を抜いたペドロとの勝負で受けた佐分利の肩の傷は、昨日のうちに病院で治療したが、幸い大事に至らなかった。今朝は、例によってこの探偵は何事もなかったように、涼しい顔をして古びた黒いデスクの前で電話応対していた。

 

「浮気調査だよ。こういうのも地道にこなしていかないと大きい依頼も来ないからね」

サムライは自嘲めいた笑みを浮かべながら受話器を置くとこう言って、デスクの前のソファに腰掛けていた私に片目をつぶって見せた。

 

「で、あの男、ペドロはアンヘラさん殺しを認めたのか?」私はせっかちに事件の話に持っていった。

「今朝早くからジェラード警部と電話で話したんだけど、あの男、ペドロは何も言ってないらしい。もっとも彼はあばら骨が二本折れていたから、本格的な取り調べはまだできないけどね。ま、たとえ黙秘しようと、彼を追い詰めるのは難しいことじゃない、とジェラード警部は言っていたし…」

 

ここまで言って、佐分利は急に椅子から立ち上がると窓際に近づき、薄いカーテン越しに外を見遣った。目は例のごとく、針のように細く鋭く光っていた。窓の外は鬱蒼と茂った雑木林が広がっている。

 

「気のせいか…」佐分利はしばらくそのまま雑木林の奥の方を見つめていたが、何かを吹っ切るように、今度は私の向かいのソファに深々と身体を沈めた。

 

「誰かいたのか?」私が彼の目を覗き込んで言うと、

「いや、気のせいだったようだ」とちょっと照れくさそうな目をして、話を続けた。

 

「問題は誰がペドロを利用したか、ということだ。五十五年前にサグラダ・ファミリアから落下死したセルヒオ・マルティネスさんの話、覚えているだろう。今回晒し首にされたアンヘラ・マルティネスさんのお爺さんだ。そのセルヒオさんをサグラダ・ファミリアから突き落とした犯人とアンヘラさん殺しの犯人は何らかの関係があると俺は睨んでいる」

 

佐分利がこれほど一気に確信に触れてくるとは、私も予想していなかった。

「じゃ、やっぱり、あのグループ、“ガウディを伝える会”のメンバー…」私は思わず掌で我が口を抑え込んだ。声が大きすぎた、と思ったからだ。どこで誰が聞き耳を立てているか知れたものではない。私の慌て振りに佐分利は声を殺して笑った。そして、ギョロリと目を剥くと、一段と低い声で吐いた。

「必ず追い詰めてやる」

 

「目星はついているのか?」私はさっそく水を向けた。

「そうさ、な」佐分利は勿体ぶるように眉をうごめかした。ソファから立ち上がり、ゆっくりとまた窓際まで近づきカーテンの隙間から外を見遣ってから、私を斜め見して再び口を開いた。

 

「マリアを潜り込ませた。彼女はあれでなかなか機転が利くしね。いろいろと情報を集めてくれるだろうさ」

「彼女ひとりじゃ危なくないか?」

「大丈夫。彼女はお前も知っているように優秀な「くの一」、女忍者でもあるし、いざとなったらホセもいる。ジョルディもすぐ駆けつけられるようにしてあるさ」

 

「俺にも何か手伝わせてくれよ。身体がなまってしょうがない」私が首を左右にひねって見せると、佐分利は例の細い眼を向けて私に近づき、耳元で囁いた。

「今夜、サグラダ・ファミリアに忍び込むぞ」

         *

サグラダ・ファミリアは、聖ヨセフ教会の会長ジョゼップ・マリア・ボカベジャがバルセロナ市にキリストの聖家族に捧げる贖罪教会を建設することを決心したことによって、1882319日に着工された。

 

最初の主任建築家デル・ビジャルはこの教会をネオゴシック様式で発案し、後任のアント二・ガウディは鐘楼を2倍の高さにして垂直性を強調し、外壁の控え壁、蜂の巣状の窓など、ゴシック様式を推し進めた。

 

教会の着工からわずか1年後の1883年に主任建築家を引き継いだアント二・ガウディは当時弱冠31歳だった。それから1926年までの43年間、主任建築家として指揮を執ったガウディは生涯をサグラダ・ファミリアの建設に捧げ、仕事場はもちろんのこと、晩年には自分の居室までも内部のアトリエに設けた。彼は主任就任後わずか数週間で教会の設計図をすっかり変更し、そのフォルムや構造だけでなく、建築意義までも変えてしまった。

 

独特の機知とオリジナリティに富んだ彼の着想と設計は人々をして「変人か天才か」あるいは「建築界のダンテ」と言わしめた。ガウディのこうした並外れた才能と情熱の対象となった聖家族贖罪教会は、その壮大な構想とあまりに長い建築期間に加え、建築に携わる内部の嫉妬や陰謀、あるいは、建設継続断念かと思われた幾度かの困難、それに伴うミステリアスな言い伝えや噂話が複雑に絡み合い、世界の建築史上、稀に見る魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する舞台ともなっていったのである。

こうしてこの傑作建築物は稀代の天才の情念が覆う因業の教会となった。




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