2017/06
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バルセロナのサムライ(8)下段白眼の技
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バルセロナサムライ(8)下段白眼の技

 

「勝負あったな」佐分利は呟くように男に言った。男は無言のまま左手で右手首を押さえていた。叩き落とした竹刀を佐分利が拾おうとしたその瞬間、男が右手を肩越しに背中に廻した。男の背中には真剣の太刀が括られていた。

 

サムライ、気をつけて!」聖堂内に悲鳴のような女の叫び声が響いた。その叫び声よりも先に佐分利は動いていた。凄まじい殺気を感じた佐分利は、その驚くべき動物的勘と身体能力で右足を軸に男の左側から数メートル横っ飛びしていた。そして、二刀流のように二本の竹刀をハの字に構えて男に正対した。

 

 叫び声の主はマリアだった。私とマリアはさっきから聖堂入り口の門の陰で様子を窺(うかが)っていたのだ。私はジョルディからの連絡で探偵事務所にいたマリアを連れてここに駆けつけて来ていたが、すでに佐分利と男の勝負が始まっていて、その緊迫した空気に聖堂内に入るに入れなかった。今、二人の対決が再び始まろうとする不気味な沈黙の中、私とマリアはジョルディたちのいる所まで一気に駆け寄った。

 

 真剣を抜いた男の眼を見据えたまま、佐分利は二刀流中段の構えで間合いを取っていった。ハの字に構えた二本の竹刀は、次第に両の剣先が交わり十字の構えに移っていく。その十字の剣先を男の薄墨で引いたような表情のない眼に合わせた。男は、真剣の太刀を右手にだらりと提(さ)げたまま、じりじりと後退りしていく。その表情には不敵な笑みを浮かべているが、佐分利の二刀流が男に戸惑いを与えているようだ。

 

佐分利は日本を出ることが決まった時、父から宮本武蔵が開いた二天一流を教わった。二刀流を心得ていれば逆に一刀で戦う意味が分かってくる、という父の言葉を覚えている。利き腕でない左手一本でも戦える技術はその時に習得した。読まれまいと細めた男の眼の動きに、微かな戸惑いが生じたのを佐分利は見逃さなかった。ススッと滑るように男との間合いを詰めると同時に、右を上段に構えた。

 

その動きに男がアッと思った瞬間、佐分利の右手から竹刀が矢のように放たれた。男は眼前に飛んできた竹刀をすんでのところで逆袈裟(けさ)切りで払い上げた。その一振りが男の態勢に隙を生んだ。すかさず佐分利は怒涛の勢いで男との間合いを一気に詰めると、左手の竹刀の剣先が男の右眼を目掛けて呻(うな)りを挙げた。  

 

とっさに男は逆袈裟(けさ)切りで振り上げた右肘で、佐分利の竹刀の剣先を払って右に体(たい)をかわした。佐分利の剣先は辛うじて男の右眼から外れて頬骨をかすめたが、勢い余った佐分利の態勢は男の返す一太刀に無防備にも見えた…「健!」マリアの悲鳴が聖堂に鳴り響いた。男に対してほとんど横向きになった佐分利健はしかし、予想もしなかった動きを見せた。なんと左手の竹刀も放し、丸腰になって男の右脇腹に組み付いたのである。

 

まったく想定外の佐分利の動きに、組み付かれた男は「ウッ」と鈍い声を発して足掻(あが)いたが、堪らず冷たい聖堂の床に左手を突き、真剣を持つ右手も佐分利の頭に右脇を突き上げられ動きが封じられていた。その隙を逃さず、佐分利は組み付いた腕を解いて左足で強く床面を蹴った。ふわりと舞った佐分利は男の後方数メートルに降り立つと、腰を落とし素手の両手を構えた。すでに男は立ち上がり、佐分利に正対して右手の真剣を中段に構えていた。

 

 聖堂に再び緊迫感が漂い始めたその時、

「健!」マリアが鋭く叫び、佐分利に向けて何かを放った。佐分利は男に正対したまま、視界に入って来たそれを右手で掴み取った。刀剣だった。急を聞きつけてマリアが佐分利の探偵事務所の奥の部屋から、あの出羽国住人大慶庄司直胤の太刀を持ち出して来ていたのだ。佐分利は男に正対したまま、その刀身を抜いて鞘を私に投げ返した。

 

一瞬私と目があったが、すぐに針のような鋭い眼で完全に男の動きを捉えていた。男は中段の構えからゆっくりと上段に移し、じりじりと間合いを詰めて来た。息苦しいくらいの張りつめた緊張感が聖堂内を凍り付かせた。真剣を抜き合っての、かつてない佐分利の勝負を目の当たりにして、私の動悸の激しさは極限に達していた。

 

 佐分利はずしりと重い真剣の感触を確認するように、柄に掛けた両手を握り直した。真剣で勝負したことはないが、普段から真剣での構えと振りの稽古を怠らなかった。それは少年時代から父の厳しい指導の一環だった。道場での稽古が終わった後でも、必ず探偵事務所の奥で真剣と向き合っていた。

 

竹刀や木刀と違って、真剣で構え振りを繰り返す稽古の中で、心身の奥のほうから自分でも慄(おのの)くような集中力が吹き出してくるのを覚えるのである。その成果が文字通り真剣勝負という形で試される日が来ようとは、佐分利自身も思ってもみなかった。

 

佐分利は愛刀を下段に構え、その剣先をゆっくりと踏み込んだ右足先に向けた。男はちらりと佐分利の剣先を見遣ったが、上段に構えたまま能面のような表情を崩さなかった。じりじりと間合いを詰めてくる男に、佐分利は測ったように後退りし、二人の間は見えない棒で閊(つか)えているかのように変わらなかった。間合いを保ったまま後退りする佐分利がぴたりと止まった。その時、佐分利の左後方にある明り取りの小窓から暮れなずむ陽光が差し込んでいた。

 

下段に構えている佐分利の刀身が微かに右に傾いた。すると愛刀、出羽国住人大慶庄司直胤の太刀は明り取りから差し込む陽光を集め、男の細い眼に反射した。佐分利の愛刀は眩(まばゆ)い白い光の束となった。男が一瞬眉をひそめたその瞬間、佐分利が鋭く男の右に踏み込んだ。男も猛然と踏み込んで来て、二人の太刀が下と上から袈裟がけに閃光を放った。二人が交差して互いの位置が入れ替わった。

 

二人は背中合わせのまま、しばらく時が止まったかのようだった。と、佐分利の左肩から赤いものが垂れ落ちてきた。ほぼ同時に、男のほうは青ざめた能面の顔を歪めた。次の瞬間、長く尾を引いた男の影はグラリと揺れた。男は「むむ」と鈍く呻き、堪えきれず右膝を床に突き、右手の太刀の柄頭(つかがしら)で床を突いて、辛うじて身体を支えた。そして、そのまま右に転がるように崩れ落ちた。

 

 佐分利は父から伝授されていた北辰一刀流の「下段白眼」の技を使ったのだった。  

 

「健!」マリアが佐分利に駆け寄ろうとした。佐分利は左掌をマリアに突き出して待ったをかけた。そして右手の真剣の剣先を挙げると男に近づき、倒れた男の右手から僅かに離れた刀剣の柄を左手で握って拾い上げた。男の剣先には赤いものが滲んでいた。二人が交差した時に佐分利の左肩を引っかけた跡だ。男の刀剣を握り直して、そこで佐分利は初めて「ふー」と息を吐いた。それから、マリアたちのほうを見てやっと安堵の表情を見せた。

 

 私が駆け寄り、佐分利から二本の刀剣を受け取った。すると、佐分利は放心したようにその場に座り込んで右手で左肩を押さえた。

 

「傷は深いのか?」私が声を掛けると、

「いや、大したことはない」佐分利は苦笑いをつくってみせた。いつの間にか傍に来ていたマリアがハンカチを取り出して、素早く佐分利の脇から肩へ巻いて強く結んで止血をした。佐分利は一瞬顔をしかめたが、思い直したように「よしっ」と自分に言うと、むっくりと立ち上がった。

 

そして倒れ込んでいる男のほうに目を遣って、

「峰打ちだ」と呟いた。見ていた者には全く分からなかったが、佐分利は切り込んだ際に刀剣が男の身体に届く寸前で刃を返したのだった。この凄まじい切り合いの中で、何という男だ。私はいつもながら、この佐分利という男の胆力の強さと冷静さに舌を巻いた。

 

「しかし、あばら骨の数本は折れているだろうから、すぐ病院に運んだ方がいい」佐分利はこう言って、私が鞘に納めて渡した愛刀を愛おしそうに見つめた。


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