2017/07
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日本語のエッセンス(7)日本語は幸せか
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日本語のエッセンス(7)日本語は幸せか

 

私が日本語教育に携わってきたスペインには、スペイン語に加え、バスク語、カタルーニャ語、ガリシア語(すべて方言ではなく一言語)がそれぞれの地域の公用語である。それぞれの言語に対する「思い」は相当なものがある。

 

私の居るバルセロナ市はカタルーニャ州の州都である。カタルーニャ人にとっては、カタルーニャ語が自分達の思考様式・文化の源であるという意識が非常に強い。カタルーニャでは、年々「言語正常化運動」(すなわち、カタルーニャ語の回復運動)の成果が出てきて、フランコ独裁時代に禁止されて絶滅の危機さえ抱かれても不思議はない言語を、見事に復活させたと言っていいだろう。

 

翻(ひるがえ)って我が母語、日本語の置かれている状況はどうであろうか。上に述べたような複雑な言語意識の風土のバルセロナという都市に居る私の目には、外国に暮らす日本人が日本語を自分の子供たちに伝えていかない実態、に見られる「日本人の日本語観」がまことに不可思議に映り、興味深い。

 

すでに示唆したように、母語を消滅の危機から守る、という発想や運動は世界でも珍しくない。スペインのバスク語やカタルーニャ語などはその回復運動が顕著に表れた例だ。

 

しかし、自ら母語・母国語を捨てて他国の言語に切り替えたらどうか、という発想をする国民は珍しい。日本はその非常に珍しい発想がたびたび現れる国である。日本人の日本語観、これはまことに興味深いテーマである。

 

 かつて日本語の歴史には、日本語が日本人自身の手によって葬り去られようとした大きな危機が二度あった。明治維新の直後に後に初代文部大臣にもなつた森有礼が提案した「国語英語化論」と第二次世界大戦の直後に“小説の神様”とも言われた志賀直哉が提案した「国語フランス語化論」である。

 

両論とも、一つの国家がそのアイデンティティとも言うべき歴史的遺産の自国の言語を廃止して外国語に置き換えようという驚くべき提案であった。

 

世界の言語の歴史を観ても、一つの国家が自発的に自らの言語を放棄した例は、皆無に等しいことからしても、驚くべき提案であることは確かである。日本語を放棄し、そして、国民は外国語を母語にすべきだという主張である。

 

 冷静に考えれば、この二つの提案は日本開国以来の西洋文化・文明への日本人の劣等感を背景に産まれたものであることは容易に想像できるのだが、それに加えて。日本語という母語に対する日本人の姿勢・捉え方に何か特殊なものがあるのではないか、と思えて仕方がない。

 

つまり「日本人の日本語観」、それを検証してみたいと思う。そのことがこれからの日本語を私たち日本人自身がどうするか、という日本語の未来の運命をも考えさせるからである。

 

 言語学者、鈴木孝夫は『日本人はなぜ英語ができないか』(岩波新書、1999年)「外国語に憧れる日本人―日本語劣等感」で次のように言っている。

 

《何しろ明治以来日本では、社会の指導的立場にあった立派な人が次々と、日本語は駄目だ、日本語を使っている限り日本人は世界の流れに遅れてしまう(いまはコンピューター関係の人々の間に強い意見)、いっそ日本語を捨てて英語(かフランス語)のような優れた便利な言語を、日本の国語として採用しては(森有礼、志賀直哉、尾崎行雄)といった提案をするひとがあとをたたないからです。これほどまでに極端なことは言わない人でも、せめて文字だけは「万国共通」のローマ字にして漢字はやめよう(田中館愛橘、田丸卓郎)とか、やさしい数の少ない仮名だけを使うことにしたらといった日本語(表記)改良案を何度も唱えてきました。》

 

 まず、森有礼の「国語英語化論」について考えてみる。

森は明治維新の直後1873 年、ワシントンの書店から英文で出版した『Education in Japan』で「国語英語化論」を展開している。

 

じつは、その本の出版に先だって、森は当時の有名なアメリカの言語学者W.DWHITNEY(ホイトニー)に書簡を送り、自説の国語英語化論に対しての意見を求めている。

 

すなわち、簡易英語を日本の国語とする政策を説明して、それに対する意見を求めたのである。

 

ホイトニーの意見は明確であった。彼は森への返書で、英語を日本の国語にしたいとする森の案に対して、民族文化の継承の立場から否定した。否定的な内容であった。英語母語国の著名な言語学者の自説への援軍を得ようとした森は、結果的には当てが外れたばかりか、逆に、外国人のホイトニーに言語と民族との深い関わりを指摘され、軽々に自国語を他国語に取替えようとする説を、嗜(たしな)められたことになる。

 

さて、次に志賀直哉の「国語フランス語化論」について考える。

第二次大戦後、勝者であるアメリカ合衆国が日本の占領政策の一環として、教育改革と称して漢字使用の全廃、ローマ字などの表音文字専用への移行を勧告した。日本国民が自信喪失状態の中、漢字仮名交じり文という日本語に外からかかっていた圧力に加え、日本人自ら自国語を手放そうとする論がまたも登場してきた。

 

志賀直哉が昭和21年4月、雑誌『改造』に「国語問題」というタイトルで“国語フランス語化論”を発表したのである。

 

『志賀直哉全集』第七巻の「國語問題」を掻い摘んで言うと、志賀は持論を次のように展開する。

 

<日本の将来で一番大きな問題は国語問題である。日本の国語は、これほど不完全で不便なものはないし、文化の進展もこの国語によって大変阻害されている。この問題の解決なくして、文化国家としての日本の将来はないといっても過言ではない。>

 

<具体的な指摘は出来ないが、日本語の不完全さ・不便さは作家として痛感して来た。

仮名書きやローマ字書きの運動も成果を上げないのは、致命的な欠陥があるのだろう。

六十年前、森有礼が国語の英語化を唱えた。それが実現していたら、日本の文化も遥かに

進んでいたろうし、この戦争も避けられたであろう。学業ももっと進み、学校生活もずっと楽しく、成果も遥かに上がったろう。英語を自然に使いこなし、日本特有の語彙をもでき、万葉集も源氏物語も英語により多くの人に読まれていたであろう。

六十年前に、英語を採用していたら、利益が無数にあったろう。>

 

<そこで、私は世界で一番いい言語、一番美しい言語、フランス語を国語に採用する英断をするべきだと思う。森有礼の案を今こそ実現するほうが、国語の不徹底な改革より間違いのないことである。彼の時代では不可能であったろうが、今なら実現可能である。過去に執着せず、我我の利害を超越して子孫の為に英断をすべきだ。>

 

<外国語のことはよく知らないが、フランスは文化先進国でもあり、小説や韻文でも日本と共通のものがあると云われる。それにフランス語は文人によって整備された言葉であるとのことで最適と思う。国語の切換えは、教員の養成が出来た時に小学校一年から順次行なえばよい。>

 

一読して志賀の日本語観が見て取れる。要するに、日本語は「これほど不完全で不便なものはない」ということらしい。だがその根拠は、一向に示されないまま「致命的な欠陥があるのだろう」と推定する。

 

言語について少しでも知っている者なら、一定の文化を背景に産まれた如何なる言語も総体としては過不足なく自己完結している、ということを知っているはずだが、残念ながら志賀の日本語観は根拠のない歪んだ偏見に過ぎないことが、この引用部分だけ見ても窺(うかが)い知れる。

 

志賀は更に続ける。「世界で一番いい言語、一番美しい言語、フランス語を国語に採用する英断をするべきだと思う」と。だが、その根拠は叉も一向に示されないまま「外国語のことはよく知らないが、フランスは文化先進国でもあり、小説や韻文でも日本と共通のものがあると云われる」と結論づけてみせる。

 

この論を何度読んでも、志賀の言う「国語フランス語化」の正当性の根拠は見当たらない。ただ、この高名な作家の「言語」というものへの不明ぶりが目立つだけである。志賀はその著作『小僧の神様』から「小説の神様」とまで言われた文章家である。

 

言語学者、鈴木孝夫は『閉ざされた言語・日本語の世界』(新潮選書、昭和50年)の第一章「日本人は日本語をどう考えているか」で志賀の国語フランス語化論について述べている。

 

《私は志賀のこの随筆風の論文を読んで、これまで幾度となく、いろいろな人、それも著名な人によって唱えられてきた《日本語不完全論》の一つの典型をここに見た気持ちがした。私の考えでは、この論文には二つの重要な問題が含まれている。第一は志賀が、母国語、ひいては言語と言うものが、それを使う人にとって、どんな意味があり、どのような深いつながりを持っているものかについて全く無知無感覚であるということ。》

 

鈴木は言葉を扱うプロであるはずの志賀が言語・日本語とその話者との関係に「無知無感覚」であると断定する。こうした反応は、言語・日本語の専門家にも共通して見られる。

 

第二次大戦後のアメリカは占領政策の一環として「教育使節団」を日本に派遣し、教育改革のために漢字使用の全廃やローマ字などの表音文字専用への移行を勧告した。

こうした混沌騒然とした空気の中、昭和214月、雑誌『改造』に志賀直哉は

「国語問題」というタイトルでこの国語フランス語化の文章を発表したのである。

 

 この志賀の論に対して国語学者、大野晋も『日本語練習帳』(1999年)で、次のように失望感をあらわにする。

 

《志賀直哉は、言語を、スウィッチによって、右に切り換えれば日本語、左に切り換えればフランス語というように、切り換えのきく装置だとも見ているようです。》

《志賀直哉には「世界」もなく、「社会」もなく、「文明」もありはしなかった。》

 志賀の案は言語学からも国語学からも痛烈な反論を受けて、その実現は陽の目を見なかったのだが、こうした論はモグラたたきのモグラのように時代時代の節目に頭をもたげてくるようだ。

 

さて、「簡約日本語」について考えてみよう。

1887年にポーランドのザメンホフによって国際語として発明されたエスペラント語は、人工語としてはかなり成功した例だが、やはり限界があったと言わざるを得ない。言語には「道具」の側面と「文化」の側面があるが、人工語の致命的な欠陥は「文化」としての言語を作り得ない点にある。

 

すなわち、言語が一種の「生命体」である点を見れば、人工語の発想そのものに矛盾が潜んでいたことがわかる。文化・慣習に根付いたものでなければ日常的な言語としては定着できないことを、我々はすでにザメンホフの試みから学んでいる。

 

如何なる言語もその語彙を制限し凍結したものは、いずれその生命を失うことになる。

 

1988年、国立国語研究所で当時の所長の野元菊雄が中心となり開発を進めて発表した「簡約日本語」の発想は、≪日本語は難しい≫という固定観念から生じたものだろう。

その「簡約日本語」の一節を原文と比較しながら見てみよう。

 

[原文]まず北風が強く吹き始めた。しかし北風が強く吹けば吹くほど、旅人はマントにくるまるのだった。遂に北風は、彼からマントを脱がせるのをあきらめた。

 

簡約日本語]まず北の風が強く吹き始めました。しかし北の風が強く吹きますと吹きますほど、旅行をします人は、上に着ますものを強く體につけました。とうとう北の風は彼から上に着ますものを脱ぎさせますことをやめませんとなりませんでした。

 

この「簡約日本語」を読んで、日本語を母語とする者なら、自分の母親を侮蔑されたような気持ちになるのではないだろうか。

如何なる言語も一言語としての総体から観れば、「易しい言語」も「難しい言語」も存在しないし、言語は一語たりとも、その背景となる文化・社会との関わり全体から無関係では成り立ち得ないのである。

 

あるのは言語の自律性に基づいて「整備された言語」と「未整備の言語」だけなのである。日本語は長い間その研究を日本国内の日本人だけに委ねられてきた閉鎖的な印象が強いが、「外国語としての日本語教育」が推進・定着されるにつれ、これからは世界のどこからでも日本人であろうとなかろうと、優れた日本語研究が出現する可能性が大きくなる。

 

「日本語・日本文化はもはや日本人だけのものではないし、ましてや現代日本人だけの所有物ではない」ということに我々もそろそろ気付かなければならないだろう。

 

 そういう意味では、国語審議会の議事要旨(第22期、第3委員会・第2回)の中に、≪日本語に対する日本人の認識と外国人の評価との間には大きなずれがある。≫≪日本人の日本語観に大きな問題があり、その背景には国語教育があると考える。≫の発言が見られただけでも収穫があったし、こうした視点が今後、国語教育や日本語教育にどう活かされていくのかに注目していきたい。

 

簡約日本語」は案の定、試みだけで頓挫したようだが、「外国語としての日本語教育」への対応に焦るあまり、歴史に学ぶことなく「簡約日本語」的発想が時々見え隠れするのも又事実で、私の危惧が杞憂に終わることを願うところである。

 

以上、述べてきた「国語英語化論」「国語フランス語化論」「簡約日本語」のほか、「英語第二公用語論」や「漢字廃止論」など、日本語を取り巻く状況は予断を許さない厳しいもので、しかもこれらの論のことごとくがその母語話者である日本人自らが、すなわち身内が仕掛けてくるのであるから、「日本語」という言語はつくづく運のない星に生まれてきたと、その待ち受ける運命の厳しさに胸を痛めるばかりである。

 

日本語は幸せか?

産みの親である日本人は、日本語の持つ潜在能力はもちろんのこと、顕在能力さえも活かし切れているとは、今のところ到底思えない。

日本人の文化的必需、どころか、今や世界の精神的補完に求められている日本語が持っている大きな能力を、日本人はそろそろ正当に評価すべきなのではないだろうか。


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