2017/02
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バルセロナのサムライ(7)勝負
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バルセロナのサムライ(7)勝負

 

佐分利が二度目の襲撃を受けた日から三日後、サグラダ・ファミリアの主任石工、加納公彦に懼(おそ)れていたことが起きた。

 

 加納はその日、どうしても仕上げておきたい彫刻があった。

サグラダ・ファミリア「生誕の門」の中央に十五体の像を彫る仕事が、極東から来たこの若い石工に委ねられた。この彫刻が完成すれば、すなわち、生前のガウディ自身が建設を始めた「生誕の門」そのものの完成も成就することになる。言わば、ガウディの遺志を継ぐ者として認められた証しでもある。

 

これらの像は、聖家族の像のすぐ上に配置され、キリスト生誕を祝って歌を歌う九人の子供たちと楽器を演奏する六人の天使である。そのうちのハープを奏でる天使像が、最後の仕上げに入っていた。というよりも、もうすでに出来上がったも同然で、あとはハープを奏でる指先とそれを見つめる眼に命と魂を吹き込むだけだった。

 

 加納は、天使像の眼の仕上げに掛かりながら、ガウディと同時代のカタルーニャの詩人ジョアン・マラガールの詩を思い出していた…

 

<生誕の門は建築ではない

イエス降誕の喜びを永遠のもののように謳い上げた詩である

石の塊から生まれでた建築の詩である…>

 

「石の魂。建築の詩…」と幾度か呟いていた加納にようやく会心の笑みが浮かんだのは、西の空も茜色に染まった頃だった。同僚たちは、すでに誰も残っていなかった。

 

「さて」と加納が立ち上がり、満足げな顔で改めて完成した天使像を見つめていたその時だった。ガタンと上のほうから嫌な音がした。

 

 それがガランとした高い天井に響くのとほとんど同時に

「クイダード(危ない)!」と聖堂内部に、とてつもない大声が響き渡った。加納は思わず両手で頭を覆い、転がるように壁側に身を寄せた。次の瞬間、2メートルはあるかと思われる鉄骨が凄まじい音を立てて加納の足元に跳ね落ちた。ホセが必死の形相で加納に駆け寄ってきた。

 

このガタイの良いスペイン人は、佐分利が密かに加納の護衛に付けていた男だ。

 

「大丈夫ですか?」ホセは悲痛な表情で加納を抱き起して叫んだ。

「大丈夫だ。ありがとう…」と加納は、足元に転がっている、今しがた自分を潰すところだった鉄骨をまじまじと見た。こんなものがまともに当たったら即死だったろう。そして、幾つもの足場が組み上げられた天井を見上げた。

 

…危ないところだった。しばらく鉄骨が落下してきた辺りを見上げていた加納は、思い出したように頬を膨らませてゆっくりと息を吐いた。

 

 この日のホセは他の石工や作業員が帰ってからも、密かに加納の身辺に目配りしていた。ちょうど生誕の門の希望の扉から聖堂内部に入って、加納の様子を窺っていたところに、あのガタンという天井に響く音を聞いたのだ。加納がどこも痛めていないことを確かめてから、ホセは内ポケットから携帯を取り出し、佐分利に電話した。

 

「サムライ、加納さんが殺されそうになった」

 

「もう来ているよ。ホセ」携帯を通した佐分利の声が、まるですぐ傍(そば)から聞こえてくる響きで、ホセは思わず周りを見渡した。すると聖堂内部への入り口である「希望の扉」が開いていて、そこにサムライが携帯を手に仁王立ちしていた。探偵事務所に出入りするジョルディも一緒だった。

 

 二人はすぐに駆け寄って来て、まだショックでしゃがみこんで茫然としている加納を見つめた。

 

「大丈夫ですか。加納さん」佐分利は加納の顔を覗き込むようにして言った。加納はまだこわばった顔のまま、佐分利に右手を少し上げて人差し指と親指で丸をつくって見せ、小さく頷(うなず)いた。

 

「ジョルディの知らせを受けて急いで駆け込んできたが、間に合わなかった。幸い加納さんは無事だったけど…」ここまで話して、佐分利は急に口を閉じた。そして目を針のように細め、黙って唇に人差し指を当てた。一瞬、四人の息遣いまでも消えた。佐分利は顔を能面のようにしたまま動かさず、右手の親指を立て、天井を指した。

 

聖堂内は作業場として使われていて、天井近くには幾つか足場が組まれている。四人は無言のまま、息を潜めて耳と目を研ぎ澄ませた。すると佐分利がちらっと足場付近に目を遣り、顔を動かさず野太い声を聖堂内に響かせた。それは決して声高ではないが、鳥肌の立つような威圧感があった。

 

「ペドロ。ペドロ・フェルナンデス・ナカモト。やっぱりお前だったか」

 

すると、鉄骨が落下した傍に組まれている足場の最上部、その薄暗い天井付近の澱んだ空気が微かに揺れた。その空気の澱みに顔を上げて、佐分利は続けた。その声は高い天井にエコーのように響き渡った。

 

「あのサグラダ・ファミリアの晒し首の件と俺への襲撃の件を線で結んだとき、ピンと来たよ。お前以外の人物を考えることは難しい、ってことをね。六年前の天才剣士の成れの果てがこれか。弱冠十六歳で特別に参加を許された全欧剣道選手権の準決勝で、相手の喉を突いて殺してしまった。そして、同世代の誰もお前の相手でなくなったとき、俺のところに道場破りに来た。あのときは運よく俺が勝ったが、あれからお前は日本に行って武者修行を積んだらしいな」

 

ここまで言って、佐分利はニヤリと笑った。すでに夕闇が迫って薄暗くなっていた聖堂内だが、その笑みには微妙な緊張感が含まれていた。佐分利はジョルディが持ってきた竹刀袋から二本の竹刀を抜き出した。それを一本ずつ両手に持ち、仁王立ちになって声を上げた。

 

「さあ、その修行の成果を見せてくれないか。あの時、お前は少年だった。今度こそ本当の勝負をしよう。俺が負けたら、潔くこの事件から手を引こう。その代り、お前が負けたら真の剣士らしく、罪を償うんだ」

 

その声が聖堂内に響き終わり、しばらくの沈黙がその場の空気に耐えがたい緊張を走らせた。その張り詰めた空気をあざ笑うかのごとく、下の四人が見上げる足場付近から鉄管を伝って音もなく猫のようにスルスルと降りてきた男。全身黒ずくめの、あの男だ。佐分利からほとんど五メートルもない所に、この男は陽炎のように立っていた。

 

「ふふ。せっかくの提案だから、ありがたく受けさせて戴くよ」

こう言うと、男はおもむろに覆面に手を掛け、それをゆっくりと剥いだ。覆面の下からは蒼白とも見える能面のような顔が現れた。

 

佐分利はその男に正対し、ゆっくりと歩み寄った。男との距離が三メートルほどに縮まったとき、左手に持っていた竹刀(しない)を上に放り投げた。竹刀はきれいな弧を描いて男の頭上で回転した。男は顔を佐分利に向けたまま、ちらと上方に目を遣り、右の掌を僅かに広げて落ちてくる竹刀の柄(つか)を掴んだ。

 

と、その瞬間、男の身体がツツと一メートルほど佐分利に向かって移動した。男の上半身は竹刀を受け取ったときのまま何のブレもなかったので、まるで男の背景だけが後ろに移動したかに見えた。しかし、佐分利もほとんど同時に素早く後退りし、三メートルの間合いは変わらなかった。

 

すると男はだらりと下げていた竹刀の先を佐分利の鼻先に向けた。佐分利は依然として竹刀の先を下げたまま、男の口元の辺りを視ていた。対峙した二人の影が天井窓から漏れる薄い陽で長く尾を引いている。

 

そのまま壊れた絡繰(からく)り人形のように動かなくなってから、どのくらい経ったであろうか。一筋の汗が男の頬から首筋に伝ったとき、その口元が微かに綻(ほころ)ぶと、男は再び一気に間合いを詰めて、次の瞬間、飛鳥のように舞い上がった。舞い降りながら竹刀を振り下ろそうとしたが、そこに佐分利の姿はなかった。当然後退りしているはずの佐分利は、逆に厳しく間合いを詰めていたのだ。

 

ふわりと舞い降りた男は、とっさに右足を軸に気配を感じた後ろを振り向きざまに、竹刀の先を左下から斜めに切り上げた。その時初めて聖堂内に響き渡る叫び声を発した。それは鶴の求愛の叫び声に似ていたが、聞くものの心を凍り付かせるものだった。

 

その叫び声が低い呻き声に変わったのは一瞬のことだった。男の竹刀は乾いた音を響かせて叩き落とされていた。次の瞬間、男の右手首に激痛が走った。佐分利の上段からの渾身の一振りが男の竹刀を叩き落とし、そのまま返しの一太刀で男の右手首を切り飛ばさんばかりに撥(は)ね上げたのだ。

 

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