2017/02
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バルセロナのサムライ「ガウディの遺言」(6)狂気と悪魔の握手
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(*写真:顔を右に傾げて見ると・・・)



バルセロナのサムライ「ガウディの遺言」(6)狂気と悪魔の握手

 

翌朝、探偵事務所を訪れた私に、昨夜の雑木林での出来事を、佐分利は渋い顔をして話してくれた。ポーカーフェイスの彼には珍しく、その表情には悔しさがありありと見て取れた。無理もない、自分の勝手知った雑木林で二度も捕り逃してしまったのだから。しかも、どうやら二度とも同じ人物らしい。

 

アームチェアーに沈むように座り、エスプレッソの小さなカップを左の掌に乗せて、右手の人差し指でカップの柄を押さえたまま、佐分利は急に目を針のように細くして黙った。こういう時の彼は、集中力が極限まで高められている。やがて、ゆっくり目を開き、その濃いコーヒーを飲み干すと、おもむろにこう言った。

「なるほど…」

 

「その黒ずくめの男に何か心当たりがあるのか」私はすかさず彼の思考の回路に誘い水を注入した。すると彼は、ついさっきまでの苛立ちが嘘のように話し出した。

「例のサグラダ・ファミリアの晒し首、あの首の切り口を覚えているか。あれほどの澱みのない切り口は、斧やナタではできない。日本刀で一振り、それも余程の腕でなければ、ああはならない」

 

「そうすると、黒ずくめの男はサグラダの晒し首事件と関わりがあると…」私は佐分利の前の黒光りした大きなデスクに腰を掛けながら、彼の顔を見つめた。窓のカーテン越しに西日が差し、この探偵の頬をオレンジ色に染めている。佐分利はポケットから煙草を一本抜き取り、そばにあったブックマッチを引き寄せ、大事そうに火を点けた。そして、煙たそうに眼を細めて紫煙を燻(くゆ)らすと、再び口を開いた。

 

「サグラダの事件の背後には、前にも話したとおり、サグラダ内部の勢力争いが絡んでいる。晒し首となったアンヘラさんが所属していた”ガウディ未来の会”にはアンヘラさんの父であるサグラダ財団理事長がバックについていたが、サグラダ・ファミリアの実権を左右するのは理事長ではなく寧ろ役員団だ。その役員団のすべてが“未来の会”に警戒心を抱く”ガウディを伝える会”の主要メンバーだ。

 

そして、“伝える会”には以前から黒い噂が絶えなかった。アンヘラさんの祖父、すなわち財団理事長の父が五十五年前にサグラダ・ファミリアから転落死したセルヒオ・マルティネス氏も、“伝える会”の前身のグループに殺されたらしい。それから、私を二度も襲撃してきた黒ずくめの男は、どうやら“伝える会”に関係ある、と睨んでいる。

じつは俺はある人物と間違われて襲われたんだと思う。ある人物とは…」

 

佐分利はその左手の煙草の灰を落とし、しばらく間をおいてから、右手の親指と人差し指で拳銃をつくり、その銃口を私に向けて言った。

「お前だよ。高梨」

歌舞伎の大見得のように、その眼をギョロリと剥(む)いた。

                                                                             

「俺と?」

私は佐分利の顔をまじまじと見た。

「そうさ、な」

いつもの口調で言うと、彼は思わせ振りにニヤリとして言葉を続けた。

 

「お前の学生時代の悪友、サグラダの主任石工の加納公彦さんね。彼がアンヘラさんと彼女に反発する“ガウディを伝える会”の長老たちとの仲を取り持とうとしていたことが、逆に変なふうに取られて、長老たちから白い眼で見られるようになった。

それどころか、加納さんの身辺に何やら不穏な動きが何度かあったらしい。これは晒し首事件後、私が密かに加納さんの警護に付けたホセからの報告なんだけどね」

 

佐分利は短くなった煙草を灰皿に押し込めると、アームチェアーに寄り掛かって天井を向くようにして話を続けた。

 

「つまり、手っ取り早く言うと、黒ずくめの男は、その加納さんと親しいお前を襲うつもりで、ひと間違えで俺を襲った、というわけさ。加納さんの友人であるお前が例の晒し首事件の犯人捜しをしている、との情報を受けて黒ずくめがお前を抹殺しようとしているらしい。

これもホセからの連絡で分かったことだ。お前のお蔭で、俺は二度も命を落とすところだったんだからね」

 

こう言って私を再びギョロリと睨んで見せた佐分利は、今度は下を向いて、いかにも愉快そうにカッカと笑った。

 

「ま、そういうわけで、君も身辺には注意したほうがいい」佐分利は顎を撫でながら私を上目づかいで見据えて言った。

 

「ところで、ゴシック地区にある忍術道場ね。あそこにマリアを通わせているんだ。彼女は父親の道場で小さい時から忍術を知っているから、すんなりと入り込めたよ。本気でやれば、あそこの道場では誰もかなわないだろうね」

 

「彼女の役割ってのは、それだったのか」いつものことだが、私は佐分利の行動の素早さに舌を巻いた。

 

「まあね。彼女は、あれでなかなか演技派だよ。すっかり道場の内部に溶け込んで、いろいろ情報を仕入れてくれている。日本刀の真剣の使い手とかね」そう言うと彼は、奥の小部屋に入り、すぐに、年季の入った紫色の細長い袋を持ち出して来た。それをデスクの上に乗せると、袋の中から大事そうに抜き出したものは、日本刀の真剣だった。

 

「親父から受け継いだ名刀だよ。ここでは美術品として届けてあるけれど、ときどきこれで素振りをやってるんだ」

 

その刀身は八十センチほどある見事な太刀で、刀剣について素人の私が見てもその刃先の深い輝きや反り具合も絶妙のように思える。佐分利はさらに柄を外して茎(なかご)を見せた。そこには、出羽国住人大慶庄司直胤と銘が刻まれ、その下にシンプルな花押があった。さらに裏を見ると、文化十四年仲春とある。

 

サムライは幾分得意げに、

「江戸後期の名工の作品で、今だと三百万円は下らないだろうね。たしかに、こんなものを夜中に眺めていたら邪悪な何かが理性を葬ってしまいそうになるかも…」

 

佐分利はニヤリと私を見ると、茎(なかご)を柄に仕舞い、改めて抜き身の刀身を窓から差してくる木漏れ日にかざして言った。

「これはあの名刀、備前長船(おさふね)長光に倣ったものらしい。よく詰んだ小板目鍛えに、地の部分が薄らと雲か霞がかかったように見える。つまり名刀によく言われる特徴、地沸(じにえ)微塵に厚くつき乱れ映りが鮮やかに立つ、というわけだ。ま、良い刀だと思う」

 

刀剣にも博識ぶりを垣間見せて私を煙に巻いたかと思うと、真顔に戻り、日本刀を袋に仕舞いながら続けた。

 

バルセロナ市に登録されている美術骨董品のリストを手に入れたんだが、私の他に三人が日本刀所持を申告している。これもすでにジェラード警部を通してルミノール反応を調べてもらったんだけど、いずれもシロだった。血を吸った刀ではなかった。そうなると考えられるのは、マフィアかその道のプロだ。頭部をあんなふうな切り口で胴体と切り離せるのは、相当な日本刀の使い手が躊躇せずに、ひと太刀で振り抜いた場合だけだ。憎悪に満ちた狂気が冷酷な悪魔の心と握手しなければできない仕業だよ」




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