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バルセロナのサムライ「ガウディの遺言」(4)「嬰児殺し」
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バルセロナサムライ(4)「嬰児殺し」
                                                                                                                     
 ガウディがサグラダ・ファミリアに残した彫刻のうち、「ガウディコード」と呼ばれる謎めいたものがいくつかある。その中でも「嬰児殺しの兵士とその足元に縋り付く母親」の像は、ガウディの創作意図を巡って、数々の論争が繰り返されてきた。それは、ガウディの意志を継ぐ者は誰か、真のガウディの後継者は誰なのか、という激しい論争に発展していった。

 そうしたさ中に、今から五十五年前の11月の寒い夜、一人の若い石工がサグラダ・ファミリアの「生誕の門」の上から転落して死亡した。当時の新聞には小さく事故死として報道されたが、内部関係者の間では様々な憶測が飛び交っていた。ガウディの後継者争いに巻き込まれて苦悩の末、投身自殺した……あるいは、この若い石工の彫刻の才能を恐れた仲間の石工が突き落とした……というような噂が彼の死後数年は人々の口に上るようになっていた。

いや、実は彼は落下した夜「嬰児殺し」の彫刻に密かに手を加えようとして、夜な夜な這い回ると噂のあった彫刻たち、人面魚や人面トカゲの悪魔たちに尖塔まで追い詰められて落下した、という噂までまことしやかに囁かれた。                                                                     
          *
「で、その五十五年前の石工の死と今回の事件は何か関係がありそうなのか?」私はサムライに水を向けてみた。佐分利と私は事件現場から早々に引き揚げて、彼の探偵事務所にいる。もう午前八時を回っていた。自分で作った朝食……蜂蜜をたっぷり入れた特製のミルクセーキを一息で飲んでから深い溜め息をついて、彼は渋い顔をしてようやく答えた。

「今のところ確証はないが、俺の頭の中では太い線で結ばれているよ」
「生首の彼女はジェラード警部によると」と私はメモ帳を開きながら、さらに水を向けようとすると、この探偵は、
「アンヘラ・マルティネス、二十八歳。カタルーニャ芸術大学を卒業後すぐにサグラダ・ファミリア財団の秘書になり、その真面目な勤務ぶりを買われてこの秋から”ガウディの意志を継ぐ会”の役員に抜擢された」とテーブルに置いてある黒手帳を捲りながら、さらに一気に、抑揚のない歌でも歌うように続けた。

「だが、その真面目さがアダにもなった。彼女はガウディの意志を新しい解釈で引き継ごうとするグループ”ガウディ未来の会”の一員でもあった。サグラダ・ファミリア教会の完成プランに彼女の芸術観を半ば強引に挟み込んで、ガウディの作風を忠実に後世に伝えようとするグループ”ガウディを伝える会”のメンバーたちには強い反感と警戒心を植え付けてしまった。

そこでだ」サムライは窓際にゆっくり歩きながら、
「君の言う五十五年前の石工の死との関係だが……」

と言い淀(よど)んで、思い直したように声を低めて、語り始めた。

「君の友人の日本人石工、加納公彦さんね。彼が私の携帯の留守電に入れてくれていたメッセ―ジでわかったんだけど、五十五年前にサグラダ・ファミリアから転落死したセルヒオ・マルティネス氏は、今回の晒し首の被害者、アンヘラ・マルティネスさんの祖父ということだ。まあ、加納さんの立場もあるだろうし、ガウディの創作意図を巡った対立もあるだろうし、本当は警察でなく、私のような探偵に秘密裏に真相を解明してほしい、というのが、正直なところだろう」

 佐分利は探偵事務所の窓から外を見やったまま、軽く吐息をついて、それきり黙った。こういう時に彼が見せる針のような細い眼には、私にさえ気取られまいとする用心深さがあった。彼の探偵としての集中力が極限まで高められた証拠である。                                                                   

「加納も危ないな」私は彼の集中力が外界をシャットアウトする前に、一番気になる問題に入った。私の多少上擦った言葉に、佐分利は窓から外を見つめたまま、
「そう、彼は今ではガウディ継承で革新派の筆頭と見られているからね」と呟くように言ってから、ポケットから煙草を一本取り出して口にくわえた。そして、ゆっくりとソファに座りながら、またその煙草をポケットに戻して話を続けた。

「殺害されたアンヘラさんは、革新派のグループ”ガウディ未来の会”
の中でもこれから五年先を見越したサグラダ・ファミリア継続建築のプラン作成に大きな影響力を持っていたんだ。サグラダ財団理事長の娘さん、ということもあってね」

佐分利は、口を挟もうとした私に、右の掌を軽く上げて、
「加納さんは、アンヘラさんと彼女を警戒するグループ”ガウディを伝える会”の長老たちとの間を取り持とうとしていたようだが、それが却って、彼女に反発する人たちに加納さんが警戒されることにもなったようなんだ。だから……」と言いかけて、彼の目がひときわ鋭い針のようになった。

「だから、ひょっとすると」私はすかさず口を挟んだ。
「加納が俺を通じてお前に捜査を依頼したのも、あいつ自身の身に危険を感じたからに違いない」
「そうさ、な」佐分利は、こんなときいつも言う口癖を、何か思いつめたように吐き出して、私の顔をじっと見つめたまま一気に言った。

「まず、加納さんの警護にホセをつけた。彼ならガタイもでかいし押しもきく。日本語も大丈夫だしね。次に、サグラダ・ファミリアの工事現場に3か所隠しカメラをつけるようにジェラード警部を通じて頼んでおいた。それから、もう、ある人物に目をつけていてジョルディにその身辺を探らせている」彼には珍しく、これから起こるかもしれないことに不安を隠さなかった。

「あら、さすがサムライね。初動が早い」いつの間にか、事務所に入ってきていたのは、私と同様、佐分利に協力しているマリアだ。彼女は
「ドアが開いていたわよ。不用心ね。私のように外見は金髪、青い目でも日本語の分かるスペイン人がいるってこと忘れちゃだめよ」と悪戯っぽく微笑んだ。

「むさ苦しい男ばかりじゃ、事件もこじれる、ってこと。私にいい考えがあるの」
私と佐分利は顔を見合わせた。 

マリアは、ここ佐分利探偵事務所の大家の娘だ。スェーデン人の母親がこのピソ(スペインの集合住宅)の経営をやっていて、母一人子一人の彼女たちはこの事務所の上に住んでいる。事務所設立当時は彼女はまだ中学生だったが、今はバルセロナ自治大学で日本学を学んでいる。
「せっかくの申し出だが、マリア、この事件はとても危険なんだ」と私は機先を制するつもりで彼女に片目をつぶって見せた。すると彼女は、間髪を入れず、、
「ケン、サムライさん、私にも手伝わせて。悪いけど今の話、全部聞いちゃった」と佐分利にその青い瞳を投げかけた・

「そうさ、な」佐分利は、さっきまでの難しい顔つきを緩めて、
「じつは、マリアにも役割を考えているんだ」と言ったものだ。私は不安を隠しきれず、思わず佐分利の顔を覗き込んだ。



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tag : スペイン バルセロナ サグラダファミリア ガウディ 小説 サムライ

 
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