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日本人のための「日本語のエッセンス」第30章なぜ「国語」と「日本語」は手を結ばないのか




日本人のための「日本語のエッセンス」
30章なぜ「国語」と「日本語」は手を結ばないのか。

 

 
国語教育は、学習者の母語が日本語であることを前提に、読む・書く・話す・聞く、の言語の四技能と言語感覚の育成を目的として掲げている。すなわち、国語教育は言語教育であるはずである。しかし、実際は、文学的な教材を「読む」ことに重点が置かれてきた。
 一方、日本語教育は、学習者の母語が日本語ではないことを前提に、特に、「話す」ことと「聞く」こと、すなわち「会話」に重点が置かれてきた。



従来の定義からすると、日本語を母語としない主に成人のための第二言語教育が日本語教育であるならば、国語教育とは日本語を母語とする言語形成期の児童・生徒のための日本語の教育、と言える。しかし、実際の国語教育を見ると、むしろ母語教育の周辺である文学解釈や文学鑑賞に大部分を費やしている。こうした国語教育の在り方は、今日、国語教育の現場における帰国児童・生徒や外国籍児童・生徒等の増加によって、「国語教育に日本語教育が参戦」せざるを得ない状況に変わりつつある。

 

また、日本語教育の現場においても、日本語とは本質的に大きく異なる言語である英語を規範とする言語学の理論に振り回され、日本語の本質を置き去りにしていく傾向が危惧される。従って、第二言語教育としての日本語教育の現場もまた、国語学・国語教育で積み重ねられてきた日本語についての知恵に学ぶ姿勢が求められることになる。

 

国語教育と日本語教育が互いの共通点と相違点を認識しつつ、より強い連携意識を持ち、互いに謙虚に学びあう時機を失ってはなるまい。その時機がまさに到来しているという双方の関係者の自覚が、双方の分野を発展させ豊かに成熟させていく前提となるだろう。

 

 「国語」が意味するものとしては、「それぞれの国の中心的公用語」、「日本国の中心的言語としての日本語」、「日本の学校教育で学ぶ科目の一つとしての国語科」などがある。一方、「日本語」が意味するところは、「世界の言語の中の一言語としての名称」、「外国人や帰国児童生徒などが学ぶ科目の一つとしての日本語科」、「主に日本人が学ぶ大学の専攻やコースの名称としての日本語科」などが挙げられる

学校教育における「国語」教科は、主に日本語が学習者の母語であることを前提に、「言語技能」と「言語感覚」の育成を目的に教育されるものである。しかし、長年、文学的な教材を「読む」ことに重点が置かれてきたことも事実としてある。

 

一方、教科名としての「日本語」は、日本語を母語としない学習者や、日本語が母語としての第一言語のレベルに達していない学習者を対象に、主として「言語技能」の育成を目的に教育され、特に、話すことと聞くこと、すなわち会話でのコミュニケーション能力の育成に重点が置かれてきた。教科としての「日本語」はまた、日本の文化・社会・歴史、そして現代事情、といった言語としての日本語が持っている「背景」も含んでいると思われる。したがって、いわゆる「日本事情」の学習も含めて授業が行われることが多い。

 

「国語」「日本語」は「日本語母語者が日本社会で日常、コミュニケーションのために使用している言語」という点では共通の意味合いを持っているが、その名称から聞こえる響き・ニュアンスはいささか趣を異にしている。「国語」という語には、根底に「国家の言語」又は「国民の言語」という意味が付きまとう。これに対して、「日本語」という語には、「世界の諸言語の中の一つの言語」という意味が読み取れる。つまり、この二つの呼称には、共通項はあるにせよ、厳密には区別されるものである、という認識が今日では定着している。

 

日本語を「自国(日本国)の言語」としての「国語」と見る立場から研究する「国語学」に対して、日本語を多くの世界言語のうちの一つと見る立場から研究する学問体系は「日本語学」と称されている。それぞれの学問分野の事情を次にまとめておく。

 

伝統的に日本語そのものが抱えている言語事象の研究を行い、他言語との対照・比較は含まない、のが一般的な「国語学」のイメージである。元来、「国語」とは、「一国のことば」「和語」といった意味で用いられていたものが、明治26年8月に開かれた尋常中学校・尋常師範中学校教の国語教員を対象とした講習会での井上毅の演説などが大きな影響を及ぼし、この明治二十年代を境に「日本国家内のことば」という限定的な意味付けがなされるようになったそして、そのような意味での「国語」の内部における言語事象を扱う研究を明治時代以降「国語学」と称するようになったのである。

 

日本語を観察・内省して、そこに現れる規則・法則を見出そうとする営みは、古く奈良時代から見られる。そこから、中世歌学における「テニヲハ」研究、江戸時代における「国学」の国語研究というように、その営みは続いてきた。しかし、それらの研究は、「歌を詠む」ための秘伝を追究することが目的であったり、「神代」のことをありのままに知ろうとするためのものであった。すなわち、日本語という言語を言語そのものとして追究するのではなく、他の目的に、その「手段として国語を研究」したのであった。これが、近代に入り、上田万年によって基礎が確立され、昭和になってソシュールの言語理論の影響の下、日本語を言語そのものとして研究しようとする近代の「国語学」へと形成されていくのである。

 

「自国日本のことば」を研究するという一種排他的なニュアンスを免れない「国語学」という名称に対して、一般言語学にも参与し得る「日本語学」という名称を提唱したのは亀井孝であった。(亀井孝『日本語学のために』(吉川弘文館、一九七一年)  

 

だが、戦前戦後を通じて国語学は海外の言語研究・言語理論に対して排他的であったことはなく、実質的に「国語学」を「日本語学」と改称する必要があるのか、という見方もある。

しかしながら、「国際化」が叫ばれ、日本の経済発展に伴う海外の日本語研修熱が高まるにつれ、従来の自国民の目から自国語を見る国語学的発想とは異なった「外国人の日本語学習」という立場から日本語を見る日本語教育の観点が加わり、「日本語学」という名称が市民権を得始めている、のも事実であろう。

 

 現行の国語教育の概念そのものの改革に、日本語教育が得てきた言語教育の知恵を取り入れて、日本人の日本語力をより向上させる国語教育を目指す。すなわち、伝統的な国語教育の中で行われている言語(日本語)教育に「日本語を母語としない人々を対象とする日本語教育」の成果を取り入れ、日本語を母語とする生徒たちに「世界の中の一言語としての日本語」を覚醒させ、日本語の豊かさ深さを学習させることを目的とする。

 

今日の「国語」教育は文学作品の解釈に偏りすぎていて、肝心の日本語そのものを一言語としてきちんと身に付けさせる教育が質量共にもっとなされるべきである。日本での13年間の「国語」教育の後、海外(スペイン)で17年間外国人に「日本語」を教え、再び二十年ぶりに日本で国語を教えてみた際、その制度や中身は三十数年前に教壇に立ったころの国語教育と驚くほど変わっていない、と感じたことを覚えている。

 

否、私が中学生、高校生だった約四十年前に受けた国語教育と比べても、学習すべき内容、授業の仕方はほとんど変わっていない、と言っていいだろう。文学作品の鑑賞とその分析中心のこれまでの「国語」からディベート力や文章作成力、コミュニケーション能力、そして何よりも言語としての「日本語力」そのものが「国語」教科の中心に据えられる方向に進められるべきである、と言うのが、長年、国語教育へ抱いてきた私の考えである。

 

スペインから日本に戻ってきて3年間「国語」教育に携わり、また1年間メキシコの日本人学校で「国語」を、地元の語学学校で「日本語」を教える、という形で両分野に同時に携わる、という経験を持った。その後、再びスペインで日本語を教えている。

これらの経験を通して、国語教育と日本語教育の双方についての上記の私の考えはますます強くなっていった。

 

国語教育の中身とやり方が少なくともこの四十数年間、ほとんど変ってきていない一方で、ここ十数年の間に小・中学校における在日外国人の子供たちの日本語教育の問題が日本全国各地で噴出してきている。こういう問題は噴出するまでの相当長い間、沸点へ向けて煮立っていたことは、想像に難くない。その当然の帰結として、国語教育と日本語教育とは否応なしに関わりを持たざるを得ない状況を迎えてきているのである。

 

「国語教育」と「日本語教育」における戦時中の束の間の連携と違い、今度はいわゆるニューカマー(1980年代以降に来日し、定住した外国人)と呼ばれる人々など長期に日本に滞在する外国人及びその子供たちとの共生といった新たな社会的要請のために、日本語教育と国語教育は本気で連携を図るべき時機がやってきたのである。

 

国語教育の場における「異文化接触」あるいは「日本語学習者の母語(第一言語)とアイデンティティーの保持」等の問題解決のためにも関係領域の学際的研究は欠かせなくなってきている。そうした研究のあり方を探るためにも、日本語教育と国語学・国語教育との関係はもう一歩踏み出し、更なる連携と互いの分野への敬意と忌憚のない論議が活性化されなければならない時機が来ていると言えよう。

 

さて、「国語」と「日本語」の関係に言及した先人たちの足跡を確認してみよう。 

主に日本語の非母語者を対象とする日本語教育が日本語の母語者を対象とする国語教育に与えた影響、逆に国語教育が日本語教育に与えた影響を歴史的に研究したものは、関正昭の下記のような研究のほかにはほとんど見られない(松岡弘・五味政信『開かれた日本語教育の扉』2005)。こうした現状には、日本語教育と国語教育のそれぞれの縄張り意識、あるいは互いに無関心を装う閉ざされた自尊心が関係していなくもない。

 

「松下大三郎と日本語教育」『中京国文学』第5号 1986

「三矢重松・松尾捨治朗と日本語教育」『中京国文学』第7号 1988

「日本語教育学の系譜」『愛知教育大学教科教育センター研究報告』第13号 1989

「日本語教育史の中の国語学」『日本語論考』東京都立大学 大島一郎教授退官記念論集 桜楓社 1991

「『文型』再考―戦時中の文型研究をめぐって―」『平山輝男博士米寿記念論集 日本語研究諸領域の視点』明治書院1996

「再考、まぼろしの『日本言語教育』」『中京国文学』第20号 2001

 

明治維新前後の来日外国人による日本語研究や19世紀後半の欧州諸国における日本語学習・研究の成果は、以後の日本人による国語学研究に大きく貢献した。また、太平洋戦争の最中に国語教育・国語学研究の専門家が日本語教育の方法論・政策論・教材の開発に取り組んだことがあった。大東亜共栄圏における公用語としての外国人への日本語教育を目指して日本語教育と国語教育・国語学の専門家が連携したのである。

 

しかし、両者の密接な関係はそれから数年を待たずして、敗戦により費えてしまった。それから、つい最近まで、日本語教育と国語学・国語教育は互いの異質性のみを意識し合う関係にあり、連携は難しい状況にあった。

 

国語史、国語学史、国語教育史の研究を考えても、日本語教育に触れなければならないのは自明のことであり、同様に、豊富な実践経験や日本語研究が積み重ねられてきた国語教育の財産に日本語教育が恩恵を受けられることは日本語教育が前へ進むために必要不可欠であることは火を見るよりも明らかなはずだから、両者の連携は必然のことである。

 

最近、両者の連携を試みる動きが出てきたことは、暗闇の中のわずかな光明として捉えたい。遅きに失した感も否めないが、今からでも取り返しはつくのである。

 

 一方、かつてアイヌ語話者や琉球語話者に対して行われた「標準語教育」の歴史も日本語教育史の中で、国語教育と日本語教育の関係を考える上で多くの示唆を与えてくれるだろう。範囲を広げて、日本各地での方言と「標準語」の関係にも注目しておく必要がある、ということになるだろう。

 

 かつて日本語を母語としない外国人が主体的に日本語を学習し研究した時代から、19世紀末(日本の植民地時代の台湾における日本語教育)以降、日本語を母語とする日本人教師が主導権を握り日本語を母語としない人々に対して開始した日本語教育の時代に移行した、という経緯がある。

 

日本語の他国への普及の目的には歴史的に誤りもあったが、明確にしておきたいのは、これからの国語教育と日本語教育の関係の目的は、言うまでもないが、他国を治めるというものではなく、「日本語を普及することによって日本文化の世界を世界の人々に知ってもらい、異文化間での無益な誤解を取り除き、相互のコミュニケーションをさらにスムーズにさせ、互いの価値観の懐を広げ人生をより豊かに深く楽しんでもらうため」のものである。

 

日本の国語教科書では、すべての言語事項は理解・表現の言語活動の中で扱うのが前提となっていて、小学校にも中学校にも言語あるいは文法の独立した教科書はない(因みに、フランスでは小学校から教科書として『文法』がある)。教育課程では、国語科の在り方を「言語の教育としての立場をいっそう明確にする」と強調してはいるものの、現状の国語教育では、「日本語という言語」の教育は「表現・理解の指導」の中に埋没してしまっているのが実情である。

 

国語の教育が母国語の教育であることを考えれば、単に理解・表現のための言語技能を養うに留まらず、自国の代表的言語、即ち「日本語そのものについて、より深い理解を持たせ自覚させる教育」が教科書の中で具体化されるべきである。               

 

近来、日本人大学生に対する「日本語教育」が試みられている。ここで言う「日本語教育」とは、国語教育で行われてきた枠組みを超えて、日本語を第一言語として使い自己を表現するのに必要な日本語の教育、という意味である。つまり、これは従来「日本語を母語としない人々を対象としてきた日本語教育」を視野に入れたものである。

 

日本人は従来から論理的な説明が下手だと言われてきた。これは取り分け、国際舞台での評価において顕著である。それでも、日本人はこの評価を深刻には受け止めない傾向が見られる。日本には昔から「とつとつとした話し方」「口下手」などの評価は、プラス評価として受け止める傾向さえある。逆に「口がうまい」「雄弁」などの評価は、概してその人格に疑問符を付けているとさえ受け取られる。

 

しかしながら、これからの日本人は、どうすれば相手に自分の意思をきちんと伝えられるかを、国際化云々を言う前に、まず日本語で身に付ける訓練・教育が必要なことは、自明のことであり、日本社会および学校教育の中で、きちんとした目標と見通しを持って位置づけられ、実現されるべきものである。

 

この「日本人の日本語の向上」は実は私たちが思っているより重要で深刻な問題なのである。これまでの日本の国語教育の枠組みでは実現されてこなかったのだから、思い切った発想の転換が必要であろう。

 

これまで国語教育が無視、あるいは理由のない敬遠をしてきた「日本語教育」がすぐ傍にあるではないか、と気付くべきであって、国語教育は、日本語の非母語者を相手に奮闘しその経験と成果を積み重ねてきた日本語教育に、今こそ学ぶ時期が来ている、と言えるだろう。

 

現状の国語教育に見られる問題点の多くは、これまでの日本の教育の問題点から来ている。例えば、国語の授業での教師からの一方通行・生徒の受身性を挙げることができる。それは教師の腕次第、とよく言われるが、教科書の構成や評価システム、あるいは教員組織や学校運営などによって、教師個人ではどうにもならない教育現場の「金縛り」的状況に、国語教育も当然縛られ、身動きが取れない、などの問題点を指摘できる。

 

 日本には明治期以来、国語学者による様々な文法論がある。その主たる論は、表面的には先行学説を継承せず、批判もせず、それぞれ独自に立論されている形になっている。山田(孝雄)文法、松下(大三郎)文法、橋本(新吉)文法、時枝(誠記)文法などがあり、それぞれの信望者がいる。これらは一括して「伝統文学」とも呼ばれている。いわば、日本で独自に発達した文法、という意識のもとで受け入れられているようである。

 

中世の歌人や連歌師たちは、平安初期の『古今和歌集』などと同じ言葉遣いで和歌や連歌を作るために「テニヲハ」(助詞・助動詞)を研究した。テニヲハの多くは活用語に後接するので、近世の「国学者」たちは「活用研究」を「テニヲハ」研究と結合させ、「文法」として体系化した。これが「国文法」の原型である。

 

それを橋本新吉の立場に基づいて体系化したものが、今日、「学校文法」として、教科書に載り、実際、教室で日本の生徒たちに教えられているものである。ここには、「世界の言語の中の一つである日本語」としての観点は入らず、日本語教育が悪戦苦闘して積み上げてきた「言語そのもの」を見る目が決定的に欠けたまま、現在に至っている、と言えよう。

 

 

日本の国語教科書は、前述のように少なくともここ四十年間は大きな変化がない。日本の国語教育が変わるとすれば、この国語教科書が根本的に変わる時ではないだろうか。客観的な自己評価は他を観察し自他を比較吟味するところから始まる。 

 

『教科書からみた教育課程の国際比較 2 国語科編』(昭和59年6月30日発行、教科書センター編)「第4章国別にみた調査結果 第6節 まとめ」には、この調査研究で気が付いたことの第一として、「各国とも、とくに初等教育の段階において言語教育を重視していること」を挙げている。

 

諸外国では国語学習を言語学習(話し方、聞き方、書き方、読み方)と文学学習(読書)との二層で行われることが多い (『デンマークの小学校低学年の国語教科書に関する研究』平成20年3月31日発行、諸外国の教科書に関する調査研究委員会、p57)。 国語学習を言語編と文学編の別立てにするのは、日本でも戦後、昭和20年代後半、中学校、高校で実施されたことがあるが、言語編教科書が次第に衰退する中で、結果的には、これらを合わせた「総合編」教科書になっていった。

 

昭和26年10月、「国語科の教科書は、学習資料を組織的に集成したものであるから、国語科として1本のものでもよいし、文学編・言語編などに分けたものでもよい。」(『中学校高等学校学習指導要領国語科編(試案)』)と、国語教科書についての言及があり、分冊型(文学編・言語編)教科書の道が開かれた。これを受けて作成された「言語編」教科書の一つに『高等言語』(昭和29年度、好学社)があったが、その巻一の「目次」は次のようになっている。

 

<引用始め>―ことばの文化(ラジオを聞く、放送のしかた、演劇と映画、新聞・雑誌について)/研究と報告(図書館の利用、調査・研究の報告文の書き方、聞き手を前にしての報告、話の聞き方)/文章をめぐって(文章についての考察、小説とは何か)/創作のよろこび(創作の動機、短歌管見、直接経験から-俳句に入る道-)/国語のほねぐみ-文法とは何か-<引用終り>

 

しかし、分冊型教科書(言語編)へのこうした意欲的な取り組みも、その成果を充分に見ないまま終息してしまったのである。その原因として、

1)言語編の教材内容の吟味の不十分さ

2)          教材に対する効果的な指導法の未確立

3)          文学編との関連のさせ方の不徹底さ

などが指摘されている。言語編教科書を充分に活用させる環境づくりが不十分だったと言えよう。

 

 日本の国語教科書が建前とは裏腹に「文学鑑賞」重視の状態が続き、延いては「言語教育」が根付かないできたのは、上記の理由のほかに、教師および保護者の「国語教育」に対する意識が大いに影響しているからではないかと思われる。

 

<「義務教育教科書に関する教師の意識及び保護者の要望についての調査」最終報告書の概要>(伊勢呂裕史、財団法人 教科書研究センター『センター通信No91』p4、2008年9月20日)には、下記のような報告がなされている。この調査は、研究者・教科書会社の編集者・小中学校の関係者からなる調査委員会を設け、平成19年9月から

10月にかけて実施されたものである。

 

 調査は無作為抽出により、教師は、小学校205校の教務主任と第5学年の学年主任、中学校404校の国語、社会、数学、理科、英語の主任を、保護者は、小中学校とも各県1校の1学級分の保護者を対象としたものである。

  

そのうち、国語についての報告を紹介する。

〇小学校国語教科書への要望については、文学作品を重視した「文学的文章では定番教材の維持」が

 一番多い。

〇新指導要領で小学校に導入される古典については、「遊びの中で古典に触れさせる」という意見が

 圧倒的。

〇中学校の「読むこと」の教材については、近代文学の名作など文学的文章への期待が依然大きい。

 

 このほかに、<まとめ・提言>の中で国語については、次のような記述がある。

  〇言語活動については、子供の身近に起こりうる言語活動を自然な「場」を想定してトピック化

   し、その中で子供の言語運用能力の拡充が図れるような教材とする。

  〇国語科における基礎・基本である漢字指導と文法指導に

ついては、教科書において系統化が望まれている。

   

 「国語教科・国語教科書」に対するこうした様々な意識調査でも分かるように、現場の教師も、保護者も、自分が受けてきた国語教育の枠から抜け切れずに、保守的な姿勢を崩さないという印象がある。時代はすでに「日本語教育」との連携が模索されているにもかかわらず、国語教師や一般の保護者達には「日本語教育」という概念・事実そのものを知らないか、極めて無関心であると言えよう。

 

しかしながら、国際社会の潮流に見られるように、日本の国語教育でも言語教育がきちんと行われるためにも、「言語編」があることが望ましい、と言えるだろう。そうでなければ、日本の国語教育はどうしても「文学教材を読む」ことを中心に展開してしまう傾向から脱することができないように思われる。

 

 また、前述のような経緯もあり、現在の日本の国語学習は名目的には「文学・言語・文法」を合わせた内容の「総合編」になっているが、その実情は文学鑑賞、それも、教師用教科書ガイドにある「答え」をテストのために生徒に暗記させるためのものになっている、と言っても過言ではあるまい。

 

このような「総合編」の国語では、諸外国に見られるような「各教科のカリキュラムの中心であることを意識して幅の広い内容を取り上げていくという考え」すなわち「国語の全科的性格」が埋没し、その意識が極めて弱くなっていることが、指摘できよう。

 

もう一つ、日本語を母語とする学習者を対象とする国語教育の中では見落とされがちだが、今日の日本人の日本語についての知識や運用能力の乏しさはことあるごとに指摘されていることは、見逃してはならないだろう。すなわち、この問題はたんに学校教育だけの問題ではなく、日本の社会問題として捉える視点が必要なのである。

 

しかしながら、私は、この問題に対処するには、まず学校教育の「国語」の内容を、日本語教育の経験と成果を生かして、次のように大胆に変える必要性があることを訴えたい。

1)  国語学習が全教科の中心であるという性格を一層明確にし、その特徴・使命を具現化するカリキュラムと人的配備をする。

2)  国語科教科書を総合編の形から「言語編」と「文学編」の二本立てにする。

3)  「文学編」においても、現状の解釈偏重から言語教育とのバランスを考えた内容にする。

4)  とくに「言語編」には日本語教育で得てきた成果を十分に取り入れる。

 

日本の国語教育が国際社会の中ではどのような姿を見せるのか、それを知ることも、今後の国語教育改善のために重要な視点ではなかろうか。

因みに、OECDが実施した生徒の学習到達度調査、いわゆるPISA調査読解力問題、例えば2006年調査問題例の「落書きに関する問題」を見てみると、読解を通しての解釈に留まらず、自分の意見とその理由を自由記述で求められている。別の問いでは、相反する二つの意見について、手紙としての良し悪しを問うている。主張を明確に述べているか、読み手に伝わりやすいかとか、そうした観点での判断を求められる。これも、従来の日本の伝統的な国語教育の読解力の問いにはなかったものと言えよう。

 

15歳生徒を対象とした2003年のPISA(経済協力開発機構の生徒の学習到達度調査)の「読解力」については、日本は200年の8位から14位に下がり、読解力・国語力の低下が社会問題となった。そこで、日本の中央教育審議会教育課程部会は、小中学校では「国語がすべての教科の基礎である」と位置づけ、国語の授業時間を増加させる方針を出した(『日経新聞』2006年2月13日夕刊)。

 

こうした国際的に普遍性を持った「読解力」が求められる今日、「国語」の内容は抜本的に見直されなければならない時期に来ていると言わざるを得ない。教授内容としての「国語」と「日本語」の相互補完についての研究は早急に進められるべきと考える。

 

ところで、PISAの学力調査で得点の高かったフィンランドが脚光を浴びるかたちになっているが、北欧5か国間(デンマーク・フィンランド・アイスランド・ノルウェー・スウェーデン)には、文化協力に関する5か国の条約があり、教育制度や教育内容に関しては絶えず情報交換をし、学び合っている。その北欧では、デンマークの国語読本がきわめて優れた教科書として評価されていることを知り、「諸外国の教科書に関する調査研究委員会デンマーク部会」のメンバーが「デンマークの小学校低学年の国語教科書に関する研究」をまとめている。その報告(藤村和男、『センター通信No91』p8、2008年9月20日)を紹介しておこう。

 

報告によれば、諸外国では、ランゲージアーツ(言語学習)とリーディング(読本)との2本立てで国語学習が行われることが多い。この報告の執筆者(藤村氏)が知る限り、日本以外の先進国では、すべて2本立てで国語学習が行われており、教科書も2本立てとなっている、ということである。すなわち、国語学習を「言語学習」(話し方・聞き方・書き方・読み方=方法論獲得の養成)と「文学学習」(読書=情操力、思考力、論理力の養成)との二層で行う考え方である。

 

「言語学習」が一本化していない日本の国語教育に比べて、二層教育の諸外国の国語教育では読書量はどうか、という疑問が湧くが、しかし、結果としては、外国のほうが読書量が日本よりはるかに多くなっていると言う。これは、国語学習とは基本的にたくさんの作品を読むことだという文化的伝統があるからではないだろうか、と伝えている。

 

藤村は報告を次のように締め括っている。

「デンマークだけでなく、フィンランドの低学年用の国語教科書についてもいえることは、生きた人間を題材にした作品がきわめて多いということである。」「親子の会話の仕方や礼儀などが自然に身につくように配慮されている。単に言葉を学ぶだけではなく、コミュニケーションの仕方をも学び、これからの社会に生きる力を養うよう配慮されている」「日本の国語は、アメリカやヨーロッパのようにカリキュラムの中心にある教科であることを配慮して幅の広い内容を取り上げてゆくという考え方が弱いように思われる」

 

これらを初めとして、さまざまな調査や報告から導かれる結論は、日本の国語教育に対して、「言語教育の系統化」「読書量」「国語は全教科の基本・中心」ということが鍵になるだろう。

 

 歴史的に見ると、日本語教育を経験した国語学者が、自らの研究にその実践で得たことを生かしている例は数多く見られる。一方、国語学の理論が日本語教育に大きな影響を与えたことは極めて少なかった。しかし、日本語を母語としない人々への日本語教育は現場の授業の実践効果を追求することよりも新しい理論を追いかけることにエネルギーを費やしている傾向があり、効果的な授業展開の実践研究を積み重ねて来ている国語教育に学ぶべき点がある。

 

 「国語学」「日本語学」が《理論》の学でするとすれば、語学教育はその《実践》応用の部門であり、これらの理論と実践を通して打ち立てられるのが「語学教授法理論」である。日本語教育に初めて本格的に語学教授法理論が導入されたのは1898年に山口喜一郎によって取り入れられたフランソワ. グアン(François Gouin)の「グアン式教授法」であった。日本語教育では、それ以前は専ら対訳法が行われていたのである。

 

グアンの方法はナチュラルメソッドと呼ばれ、「幼児が言語を習得する自然の過程を外国語教育に適用させようとする方法」であった。グアンは、文学ではなく「日常的な言葉」を学習する必要性と「動詞」の重要性を指摘し、翻訳を介さずに「直接、目標言語にアクセスする方法」を提案した。この方法は20世紀の「直接法」へと繋がっていく。

 

直接法は、学習者の母語を介さずに目標言語だけで学習が行われ、文法規則は帰納法的に理解させる方法がとられる。学習初期では文字を用いず口頭訓練が中心になるので、時間がかかるのが特徴といえる。

 

 1950年ごろアメリカで開発された「オーディオ・リンガル・アプローチ」が日本でも1970年代に大きな影響を与えた。この理論は、「構造言語学」と「行動心理学」に基づいており、構造中心の文型練習が中心で、丸暗記に至るまでの過剰学習を通して正確さが追及される。この構造的文型練習(パターンプラクティス)は、内容の違いの部分に同じ構造を見出す迅速な類推の能力を求めており、現実のコミュニケーションにおいて反射的に対応できる能力を育てることに目標をおいている。

 

一方、フランスでは1950~60年にかけて、「ソシュールの理論」に基づいた「SGAVメソッド」が提唱された。この理論は、「基礎語彙」の調査に従って使用頻度の高い語彙が採用された。文法学習は、演繹法的な方法がとられ、教師は全面的にメソッドの指示に従い、学習者への強い指導力が求められた。

 

しかし、この理論は1960~70年には批判の対象となり、1974年には欧州評議会が「構造言語学ではなく、発話行為と、社会言語学の分野にも注意を払った実用的な言語学の原則に基づく言語の特徴の描写」をプロジェクトとし、その最終的な目標を、「学習者にコミュニケーション能力を育成し、自律性を持たせる」こととしている。

 

こうした状況の中で、オーディオ・リンガル・アプローチの欠点を意識したメソッド「コミュニカティブ・アプローチ」が1970年代初めに提唱された。理解可能なレベルの発音の許容、過度にならない程度の母語の使用の容認、初日からの読み書きの学習を通して、話す・聞く・読む・書く、の4技能のバランスをとる、学習者を中心に据え、教師は知識の保有者としてではなく、学習者の活動を補助・促進する役割を担う、ことなどが、この理論の特徴である。

 

こうした様々な理論に、日本語教育が影響され続け、振り回されてきた、という事実も押さえておく必要があるだろう。

そういう点では、国語教育の現場の地道に積み重ねられてきた実践研究のノウハウを大いに参考にすべきだろう。



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①小説「バルセロナの侍」 ②言語習得「スペイン語を一か月でものにする方法」 ③旅行記「ガラタ橋に陽が落ちる~旅の残像」 ④エッセイ「人生を3倍楽しむ方法 - なぜ日本を出ないのか」 を連載しています。
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Publicación 出版著書 La esencia del Japonés
     ”La esencia del Japonés'      - Aprender japonés sin profesor     『日本語のエッセンス』ーひとりでまなぶにほんごー                    ↓
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