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日本語つれづれ------Un japonés その他
目次(タイトルをクリックすると該当記事に跳びます)
1 ある日本人(3)
2 Un japonés ( 2) Modales
3 ある日本人(2)礼儀
4 Un japonés (1)Al revés
5 ある日本人(1)逆さま
6  バルセロナ雑記帳(2)
7  ルセロナ雑記帳(1)
8 海舟と竜馬
9 気ままな旅
10 「ほとんどガイジン」
11 ピレネー颪(おろし) 
12 タラゴナからバレンシアへ、ついでに「お客様は神様?」 
13バルセロナ雑記帳(2)


2006/04/14
1 ある日本人(3)

「さん」と「先生」   私のスペイン語修行時代、あるマドリードの語学学校とスペイン語の個人教授の契約をした。可愛いセニョリータに一対一でスペイン語を習えるかもしれない、と密かな期待もあった。だが、最初の授業で私の前ににこやかに現れたのは、60歳は優に超していると見られる貫禄たっぷりの女性教師だった。彼女は、まず私にこう言った…「わたしをセニョリータと呼びなさい」 
セニョリータは日本語で「お嬢さん」のはずだ。冗談で言っているのだろうか、それとも彼女が未婚だからだろうか? 彼女の有無を言わせぬ圧倒的な迫力の前に、私はやむを得ず彼女をセニョリータと呼ぶことになった。あとで分かったことだが、スペインでは女性教師を年齢・既婚未婚に関わらず生徒からはセニョリータと呼ぶ習慣がある。もっとも今日では小学校ぐらいまでしかその習慣は残っていなく、普通、学生は男性教師、女性教師ともファーストネームを敬称無しで呼ぶ。これにはやはり文化的背景がある。
スペイン語では「授業」に関する表現が日本語とは発想が異なる。日本語では(先生が)「授業をする」、(学生が)「授業を受ける」となり、授業へ関わる役割の違いを動詞に込めている。ところが、スペイン語では「授業をする」も「授業を受ける」も”dar clase”(授業を与える)と表現する。
日本では自分が習っている教師を「(苗字+)先生」と呼ぶのが当たり前である。ところがスペインでは中学生ぐらいから自分の先生でもファーストネームを敬称無しで呼ぶ。もし日本でそれをやったら、呼ばれた教師もそれを聞いた周りの人も唖然とするだろう。私の所で日本語を学んでいる学生たちも、暫くは教師をどう呼んだらいいか戸惑うようだ。最初はスペインの習慣で敬称無しで呼んで来るが、そのうち「さん」という日本語の敬称を学ぶから、その後、これでどうだ、とばかり教師の苗字や名前に「さん」をつけて呼ぶ。学生が自分の習っている教師を「さん」付けで呼ぶのは、日本ではこれも敬称無しで呼ぶのと同じぐらい、あり得ないことである。
日本語の「さん」はスペイン語の”San”をイメージするらしく、例えばSan Juan(聖ヨハネ)のように最高に敬意を払った響きになり、学生が教師を呼ぶのにこれで問題はないと思うらしい。ところが、そのうち先輩学生が教師を「先生」と呼んでいるのを耳にして、どうやら日本では教師を「先生」と呼ぶ習慣があるらしい、と学生たちは気付いてくる。が、彼らにとって「センセイ」という響きは、空手や柔道の「センセイ」を思い起こさせ、どうも日本語教師を呼ぶときに使うのは何か違和感があり、言いにくそうである。
それにも増して、スペインでは何よりも親近感(simpatía)が大切にされるから、友達のように感じている教師に使うには、「センセイ」という響きの持つ「水臭さ」に抵抗があるようだ。しかし、こうした学生たちも、先輩学生や地元の日本人が教師を「先生」と呼んでいるのを見聞きして、やがて「先生」と呼ぶことにも慣れてくるのである。
人への呼び方一つ観ても、生まれ育った文化・慣習から自由になることは容易なことではないことが分かる。人間というものは実に保守的な動物である、とつくづく思う。

2006/03/01
2 Un japonés ( 2) Modales
Japón es un país donde “el cliente es Dios”.
Cuando la gente que venga de Japón vaya de compras en España seguramente se enfadará por la actitud del dependiente hacia el cliente. Los japoneses dirán que los dependientes no tienen educación. Pero el principio está en las diferentes culturas entre los dos países.

Cuando observo las comunicaciones entre los clientes y las cajeras del supermercado, en España la mayoría de los clientes primero saludan con un “hola” a la cajera. También es el cliente quien dice “gracias” o ”adiós” a la cajera cuando se marcha después de pagar. Muchas veces las cajeras no contestan a los clientes, aunque también a veces lo hacen. Es más bien un examen de modales del cliente.

Los japoneses no están de acuerdo con esta costumbre que invierte los papeles. Es que, en primer lugar, las cajeras japonesas dicen a todos los clientes, ”bienvenido”, ”recibo el importe”,”tenga la vuelta” y ”muchas gracias, le esperamos en su próxima visita”. Por parte de cliente, normalmente no se dice nada a la cajera. En Japón no es posible cuestionar las actitudes del cliente, pero hay críticas para los dependientes. Un español contó su amarga experiencia de que se rieron cuando respondió ”hola” haciendo una reverencia a cada dependiente que le dijo “bienvenido” en los grandes almacenes de Japón.

También es diferente el punto de vista entre españoles y japoneses sobre el comportamiento en la mesa. El español, aunque no les conozca, cuando acaba de comer en un restaurante saluda diciendo ”que aproveche” a los otros comensales cuando pase entre las mesas. En cambio, en Japón es indiscreto saludar a desconocidos que están comiendo ya que se considera que no hay que molestar a otras personas a las que no se conoce.

En Japón, hay muchas comidas que son un tazón de fideos con sopa, por ejemplo ramen,udon,soba, etc. De forma natural se hace ruido al comer estos fideos ya que hay que sorberlos con la sopa. Por el contrario, la base de los modales occidentales en la mesa es “no hacer ruido”. Por lo tanto si un español entra un restaurante de soba y escucha el ruido que hacen los clientes japoneses al sorber soba, lo siente como una negación total a la educación que recibió. Tomar soba, sorbiendo fideos y sopa caliente, no se disfruta sin sus sonidos, aunque los japoneses también pueden comer soba sin hacer ruido.

Por otro lado, los españoles no se preocupan por sonarse ruidosamente delante de otras personas aunque cuidan mucho los ruidos al comer. Normalmente los japoneses se suenan ocultándose o dejando su asiento con cuidado.

A veces se produce un malentendido por una pequeña diferencia de modales entre distintas culturas y a final se va demasiado lejos como para retroceder. Si se produce un malentendido entre países, se puede dar lugar a un daño irreparable. Una manera muy eficaz de evitar las guerras, sería entenderse bien entre distintas culturas.

De modo que mi trabajo, enseñar lengua japonesa y cultura japonesa, servirá para la gente aunque trabajo porque me gusta.

2006/02/16
3 ある日本人(2)礼儀
 日本は「お客様は神様」の国である。
 こういう国から来てスペインで買い物をすると、店員の対応に間違いなく腹を立てる。日本人は「店員教育がなっていない」と怒るだろうが、どだい、文化背景が違うのである。

 スーパーのレジでの客と店員の遣り取りを観察してみると、スペインでは、まず客のほうから挨拶(普通は「Hola」:英語のHiに当たる)することのほうが多い。代金を払って帰るときも大抵は客からお礼(「Gracias」:ありがとう)と挨拶の言葉(「Adiós」:さようなら)を言う。店員は客の言葉に応えることもあるが、何も返ってこないことのほうが多い。むしろ、客の側がそのマナーを問われるかのようである。
 主客が逆転したようなこうした慣習に日本人はどうしても納得できないだろう。なにしろ日本のスーパーのレジでは、店員の「いらっしゃいませ」から始まり、代金を受け取るときの「〇〇円からお預かりします」、お釣りを渡すときの「〇〇円のお返しです」、そして客が帰るときの「ありがとうございました。またお越し下さい」まで、すべての客に満遍なくマニュアルどおりに言うのだから。客のほうはというと、この間、普通は何も応えない。日本では、店員のマナーがとやかく言われることはあっても、店員に何も挨拶しない客を、礼儀を知らない客、と見ることはまずあり得ない。
 あるスペイン人が日本のデパートに入った際、「いらっしゃいませ」と頭を下げる店員にいちいち応えて頭を下げ「コンニチワ」と挨拶したら笑われた、とその失敗談を話してくれた。

 食事のマナーも日本人とスペイン人とでは気を遣う観点が違う。レストランで食事を終えて他のテーブルの間を通る際、スペインではたとえ見知らぬ人にでも声を掛ける(Que aproveche ごゆっくり)が、日本では見知らぬ人には邪魔をしないことを心がけるから、食事中の見知らぬ人に声をかけるなど、もってのほかである。
 日本にはラーメン・うどん・そば等、スープたっぷりの麺食がある。熱いうちに麺をスープの旨みと一緒にすすり込む食べ物であるから、自ずと音が出る。ところが、西洋の食事マナーの基本は、音を立てないこと、であるから、日本の蕎麦屋に入って客が一斉に蕎麦をすする大合唱を耳にしたスペイン人は、みずから受けてきた教育を全否定されたような気持ちになるらしい。日本でも蕎麦などを音を立てないように食べることはできないこともないが、麺とスープを熱いうちに一気にすすり込む旨みを楽しむ食べ方とは言えない。
 飲食の際に出る音に対して敏感なスペイン人も、人前でかなり大ぴらに音を立てて鼻をかむ。しかも、何度も鼻をかんだハンカチやティッシュを使用する。スペインのティッシュが厚めに作られているのも頷ける。日本人はというと、鼻をかむ時はたいてい席をはずすか、そうでなければ音が立たないように横を向いてこっそりとかむ。

 異文化間では礼儀作法のほんの些細な違いから誤解が生じ、果ては引っ込みのつかない諍(いさか)いになることもある。それが国家間に及べば取り返しのつかないことにもなる。異文化理解はもしかしたら最も有効な戦争防止になるのかもしれない。とすると、異国で日本語・日本文化を伝える我が仕事は、好きでやっているのではあるが、まんざら無益なことでもあるまい。

2006/02/02
4 Un japonés (1)Al revés
Ya llevo 15 años residiendo en España.
Es muy cómodo vivir aquí, no sé por qué, pero nunca he pensado en volver a Japón, aunque estuve a punto de irme de aquí. No obstante, a veces voy a Japón para saludar a mi familia y visitar librerías.

Vine a este país de cultura mediterránea un año antes de los Juegos Olímpicos de Barcelona. Ese año mismo inauguré el Centro de Japonés, en el que continúo trabajando en la actualidad. Tengo mucha suerte de poder continuar con este trabajo de enseñanza de la lengua japonesa, casi al mismo ritmo del principio, cuando aún desconocía el país.

Siempre he tenido suerte, aunque es una suerte pequeña o mediana. Pero así está bien. Me murmura Dios que no deseas tanto cuando deseas más suerte. Tengo más suerte cuando no deseo nada. Apenas llegué a oír la amonestación de Dios con los años. Vale la pena vivir una parte de la vida.

España es un país de cultura plural. No se mezclan las culturas sino que su presencia se insinúa en cada uno. Eso se nota en la situación de España que tiene varias lenguas. El español (el castellano),el catalán, el vasco y el gallego son lenguas oficiales. Hay aspectos parecidos entre estas lenguas, excepto el vasco que no es de la misma familia que el resto, pero no son dialectos sino lenguas como portugués, francés, italiano, etc.

A los japoneses les resultará difícil entender esta situación lingüística en España. Por el contrario, cuando un español conozca la situación de la lengua en Japón, le costará entender que la lengua de Okinawa, que es muy diferente del idioma japonés común, no sea lengua oficial. No entenderá bien que los dialectos de Tohoku y Kansai no estén ordenados sistemáticamente y no sean lenguas oficiales cuando un español conozca los dialectos japoneses. Hubo opiniones hace años que insistieron en que la lengua inglesa debía ser la segunda lengua oficial en Japón. Los españoles no podrán creerlo porque esas opiniones no eran de angloparlantes en Japón sino de personas de habla japonesa.

Podría decirse que las mentalidades de españoles y japoneses están “al revés” más o menos. Por lo tanto, podemos disfrutarlas. Es una razón de estar aquí, un país occidental próximo de Europa viniendo de un país oriental próximo.


De todos modos, la vida existe para divertirse. Me lo enseñó España, mi amigo.

2006/01/27
5 ある日本人(1)逆さま
 スペインに棲みついて彼是十五年になる。
 不思議と居心地が良く、日本に戻りたいと思ったことはない。戻らなければならないか、と観念しかけたことはある。もっとも、日本へは時々行っているが、それは主に不義理をしている家族へ顔を出しに行くことと、本屋巡りをするためである。
 バルセロナオリンピックの前の年に、この地中海文化の薫り高い地にやって来た。その年の内に日本語センターを開き、今も同じ生業をしている。見知らぬ異国で、日本語を教える仕事を最初からほとんど変わらぬペースでやって来られたのには、我ながら「悪運の強い奴だ」と呆れる。
 運だけは強い。だが小運中運である。これで良いのである。ちらっとでも余計な欲が顔を出したときは、てきめんに「欲張りなさんな」という神の諌めがある。無欲のときがもっとも運がつく。齢を重ねて、やっと神の諌めが聞こえるようになった。人生は或る程度生きてみるものである。

 スペインは多重文化の国である。異文化が交じり合うのではなくて、むしろ互いにその個性を主張し合うのである。それは幾つもの言語が共存していることに象徴的に現れている。スペイン語、カタルーニャ語、バスク語、ガリシア語、が公用語である。系統のまったく違うバスク語を除けばその他の言語間には確かに類似点はあるが、方言ではなくそれぞれ一言語として強烈に存在を主張している。近隣にポルトガル語、フランス語、イタリア語が存在しているのと同等に、である。
 日本人にはスペインのこの言語事情が、感覚的によく理解できないかもしれない。逆に、スペイン人が日本の言語事情を知ったならば、あれほど内地の日本語と違う沖縄語をどうして一公用語と主張しないのか、と恐らく理解に苦しむだろう。或いは、日本の方言を知るスペイン人なら、関西弁も東北弁もなぜ体系的に整理し一言語さらには公用語として主張しないのか、と疑問に思うだろう。日本で数年前に取り沙汰された英語第二公用語論などは、スペイン人には正気の沙汰とは思えないだろう。ここには自己存在証明(アイデンティティ)への態度が対照的に現れているのである。
 言語観に限らず、日本人とスペイン人の発想は概ね「逆さま」である。だから、面白い。遥々極東の日本から欧州の西端の西班牙までやって来て棲みついている所以である。
人生は楽しむために在る、このことを教えてくれたのは我が友スペインである


2005/08/29
6  バルセロナ雑記帳(2)
〇引越しをすると、それまで何気なく続いていた習慣を変えるか続けるかの決断を迫られる。
スペインでの私の習慣のひとつにBar通いがある。Barと言っても日本のそれではない。バールと読んで、喫茶店と居酒屋を兼ねた、まことに便利な飲食店のことである。

そのバールで私はほぼ毎日コーヒーを飲む。 コルタードといって、エスプレソに少しミルクを入れたものである。「コップでね。熱いミルクじゃないとだめだよ」と注文をつける。馴染みのバールのマスターは、私が言う前からすでに小さなコップに浪波と用意してくれる。私は、ここで新聞を読みながら、ひと時ホッと息をつくのである。

引越し先でも私は早速、馴染みのバールをつくった、ようだ。

〇日本は、一時台風が関東に接近したので、いま日本を旅行中の私の学生に、その日は東京へは行かないほうがいい、とメールで知らせたら、その日のうちに返事が来た。こういうときはインターネットの威力を感じる。

私の世代の日本の友人たちは「電子アレルギー」が多く、メールでの遣り取りにも臆する。私のような在外日本人には、パソコン、インターネット、電子メールは、必需品である。

2005/08/21
7  ルセロナ雑記帳(1)
〇今月の初めに引越しをした。
バルセロナに住み着いてから14年目にしての移動である。
同じバルセロナ市内だが、前の地域よりも下町らしい雰囲気がある。
気に入っている。

〇日本のニュースでは政治が興味を惹く。
小泉首相の真の目的は”政界”の構造改革なのだろう。
”義理”でシガラミだらけの構造は、確かに変えたほうがいい。
この世界で”人情”と称してきたものも正体は”義理”である。
「人情」は現代でも世界中に共通したプラスの価値観であるが、”義理”は講談の席に委ねておいたほうがいい。


2005/02/22
8  海舟と竜馬
 長崎に移動して居る。ここの坂本竜馬の銅像に挨拶に行った。この像は坂の墓地の頂上にあった。急な坂の墓地を二十分ほど登ると、その頂上に素朴な公園がある。その奥のほうに竜馬は腕組みをして遠くを見つめていた。今回の旅には子母沢寛の『勝海舟』2冊を持ち歩いている。海舟を殺しに来た竜馬が実際に会ってみて、すっかり海舟に心服して弟子になったくだりがあった。日本を想う強い気持ちで結ばれていた。
 ちょうど長崎ランタンフェスティバルの開催中で、街は真っ赤な中国色であふれている。今回日本を旅していて感じることは日本は多文化多言語(少なくとも日本語、琉球語、アイヌ語がある)国家だということである。大切なことはそれを自覚的に引き受けて前へ進む覚悟であろう。そういう意味では中国・韓国との関係を密にしようとする雰囲気は私をホッとさせる。
 この三国が対等な関係でしっかりスクラムを組んで、将来はEUのような夢を実現できれば。これは海舟も考えていたことだ。今日の日本は外交下手だが、それは西洋の戦略外交を表面だけまねて小細工をするからだ。日本は中国・韓国といったアジアの隣人たちに小細工でなく赤誠を以って裸でぶつかればいい。生半可な小細工は嘲笑と軽蔑を誘うだけである。

2005/02/20
9 気ままな旅
いま福岡に来ている。
 ひょんなことから時間ができて、日本縦断の旅をしてみようと思い立ち、現在の生活の場であるスペインのバルセロナから、まず沖縄の石垣島に飛んだ。じつは石垣に飛ぶ前にスペイン・ポルトガルを回って来た。このイベリア半島の旅についても、少しずつ触れていこうと思う。

 二つの旅にはノートパソコンを持参している。海外対応の仕様なので思ったよりも重い。これをカート付きケースに入れて、その上にリュックを乗せて引きずりながら、スペイン・ポルトガルそして石垣・福岡へと来た。さて明日はどうしようか、という気ままな旅である。
 日中は30度もあろうかという石垣・西表島から一転、雪もちらつく福岡に来て、この小さな島国の多様性を思わざるを獲ない。

2005/03/08
10 「ほとんどガイジン」
九州を出て岡山を経て瀬戸大橋を渡り、2月24日四国に着いた。高松の奥座敷、塩江温泉郷でゆっくりすることにした。温泉地に向かう途中で雨が雪に変わった。日が傾きかけた頃、宿の窓から外を見ると、鬱蒼とした緑の小山の裾に鮮やかなピンクの桜が彩り、それを背景に大粒の雪が深深と降り注いで見事な一服の絵になっっていた。(→写真)
四国を後にして京都へ向かう。京都には何度か来ているが十数年ぶりだ。ここでは気ままに散策しながら銀閣寺などに寄った。拝観料など外国人には掛かりすぎだろう。仕事柄、うちの日本語の学生ならどう感じるだろう、と考える癖が付いてしまっている。今回の日本の旅では、私は「ほとんどガイジン」の「変な日本人」の感覚である。そういう感覚で現代日本を見てみると、いろいろ気付くことがある。
例えば便所の表記。「便所」と表記してあったのは歴史的観光地の公衆便所ぐらいで、都会では、「お手洗い」もあったが、ほとんど「化粧室」であった。会話で最も使われるであろう「トイレ」という表記は滅多に無かった。女性用トイレで使われるならまだしも、「男性用化粧室」とは・・・。すっかり骨抜きにされた今日の日本男児は何も言わないのだろう。「化粧室」は英語の日本語訳なのだろうが、「化粧室」の下に添えられている英語は「REST ROOM」。日本人の言語観は摩訶不思議だ。

2005/05/02
11  ピレネー颪(おろし)
2005年1月1日、私は冬の旅に出た。バルセロナを出てイベリア半島を回る「回想の旅」へ。
バルセロナで日本語塾を始めて、気が付いたら14年目。文字通り朝から晩まで、外国人を相手に日本語を教える授業に倦むことがなかった。今、思いがけなく手にした時間を、これまでの「私のスペイン」を回想する旅に使うことにした。
まず、ピレネー山脈の懐深く入り込む。バルセロナを北上し、ビック(Vic)で敬愛するフェレー氏と会う。氏は日本から勲章を受けたほどの日本通だが、一介の日本語教師である私のためにこの日一日空けていてくれて、この中世の歴史漂う町を案内し尽きることなく語ってくれた。すべて日本語である。
ラ・モリーナ(La Molina)ではスキーを楽しむ。アンダルシアではグラナダからシエラネバダ山脈の麓でジーパン姿で滑ったことがあるが、ピレネーの麓ではこれが初めてである。
ここまでは列車の旅だったが、アランへ行くにはプチェルダ(Puigcerdà  からバスでラ・セウ・ドゥルジェル(La Seu d’Urgell.に出る。ところがUrgellから西の道はこの期間、閉鎖されていて、一旦レイダ(Lleida)に大きく南下して再び北上ししなければならないことが分かった。そして、アランの谷の麓の町ビエラ(Vielha)の駅に着いた。
まだ朝早いアランの谷の寒空の下、駅の脇の小さな公園で、白い息を吐きながら一人の若い旅人が文庫本を読んでいた。私が傍を通り過ぎる際、彼の目から一筋の雫が落ち、その開いたページを濡らした。
目の雫 
詩行凍らせ
ピレネー颪(おろし)
吹き付けるピレネーの風の冷たさで落涙したのか、本を読みながら感極まったのか、おそらくその両方だったに違いない。

2005/07/02
12  タラゴナからバレンシアへ、ついでに「お客様は神様?」
ピレネーの麓から南下し、レイダからバルセロナに戻った。ちょうどスペインの北東を時計回りと反対に小さく一回りしたことになる。ここから更に地中海沿いに南下する。最初にタラゴナに泊まる。古代ローマ遺跡で知られているが、何よりも、すぐ隣の大都会バルセロナから来るとホッと息のつける雰囲気がいい。

タラゴナで一服して、バレンシアへ向かう。私の旅は地べたを這う列車とバスの旅である。バレンシアはパエリア(paella スペイン語の発音はパエージャ)が自慢の地である。米にうるさい日本人にはちょっと固めのご飯だが、胃袋をとりあえず満足させるには充分である。

数年前にバレンシアの火祭り(Las Fallas。その年の世相を表現した大きな人形を一夜のうちに焼く)を見に来たが、1年に一度の祭りだけあって大変な観光客の数だった。宿の予約無しで行ったので宿探しに苦労したことを覚えている。

スペインでの宿探しにはコツがある。Hotel(スペイン語はHを発音しないからオテルとなる), Hostal(オスタル), Pension(ペンシオン)と名前は違っても恐れることはない。大きなホテルは別にして、こぢんまりとした宿なら、フロントに居るのが宿の主人か女将であるから、少し話せばその人柄と宿の管理状態がおのずと知れる。もっとも、これも幾つか経験を積む必要はあるが。

関連して、日本との文化的背景の違いにも触れておこう。金銭を払ってサービスを受ける際に、お客である日本人はスペインで(たぶん大部分のヨーロッパでも)客としての自尊心を甚く傷つけられる。
スペインでは「お客様は神様」ではない。サービスをするほうがサービスを受けるほうより立場は上である。昔の日本の職人気質の店のオヤジを思い起こせばよい。気に入らなければ出て行ってくれ、とまでは滅多に言わないが、それに近いと覚悟したほうが良い。

小さな店では日本でも客と店の主人が互いに挨拶を交わすのは珍しくないが、スペインではたとえスーパーのレジでも、たいていは客のほうから「Hola!(英語のHi!)」とか「こんにちは」「こんばんは」などと声をかける。店の人はそれに応えることもあるし何も言わないこともある。代金を払って帰るときには客は「ありがとう」とか「さようなら」とか言うが、売り手がそれに応えるかどうかも店による。日本人の客はほとんど腹を立ててしまう。日本の売り手と買い手との関係とあまりに異なるからである。

2005/08/29 
13 バルセロナ雑記帳(2)
〇引越しをすると、それまで何気なく続いていた習慣を変えるか続けるかの決断を迫られる。
スペインでの私の習慣のひとつにBar通いがある。Barと言っても日本のそれではない。バールと読んで、喫茶店と居酒屋を兼ねた、まことに便利な飲食店のことである。

そのバールで私はほぼ毎日コーヒーを飲む。 コルタードといって、エスプレソに少しミルクを入れたものである。「コップでね。熱いミルクじゃないとだめだよ」と注文をつける。馴染みのバールのマスターは、私が言う前からすでに小さなコップに浪波と用意してくれる。私は、ここで新聞を読みながら、ひと時ホッと息をつくのである。

引越し先でも私は早速、馴染みのバールをつくった、ようだ。

〇日本は、一時台風が関東に接近したので、いま日本を旅行中の私の学生に、その日は東京へは行かないほうがいい、とメールで知らせたら、その日のうちに返事が来た。こういうときはインターネットの威力を感じる。

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