2017/04
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<連載>日本人のための「日本語のエッセンス」第11章「課長はお酒【が】強い」と「課長はお酒【に】強い」

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<連載>日本人のための「日本語のエッセンス」

11章「課長はお酒【】強い」と「課長はお酒【に】強い」

 

 「課長はお酒【】強い」と「課長はお酒【に】強い」の場合の「」と「に」の比較は見かけほど簡単にはいかないようだ。

 

≪課長はお酒「」強い≫

の文での「酒強い」は「酒の度数強い」の意味ではなく「課長は酒に対して強い」の意味だから、「酒」は「強い」の対象語で、この場合の「が」はいわゆる対象語格(時枝誠記氏の提唱)になる。この「対象語格」については後で述べる。

 

次に

≪課長はお酒「に」強い≫

の文の「に」は「に関して」の意の格助詞で、特定の形容詞の前に付いて慣用表現を表す。例えば、

≪彼は数学「に弱い」≫≪彼は子供「に甘い」≫≪彼はお金「に汚い」≫

などを見ると、それぞれ「が不得手だ」「に厳しくない」「にさもしい。けちだ」となり、本来の意味と異なる意を示している。

 

「酒に強い」は「酒に関しては得意だ」の意味になるので、場合によっては「酒については何でも知っている」の意味にも受け取れ、「酒が強い」よりも意味の範囲が広いと言える。これは「数学が強い」にも当てはまる。

 

しかし、上に挙げた語の中では「酒」「数学」以外の語、例えば「子供」「お金」に置き換えにくいという点でも特殊である。

≪彼は子供「が」強い→×≫≪彼は甘いもの「が」強い→×≫≪彼は女性「が」強い→×≫などを見ると、「酒が強い」の「が強い」は「が得意」の意味で、その「得意」が「が」に付きやすい性格を持つ「感情」形容動詞(日本語教育では「ナ形容詞」)だからである。

いわば「が好き・が嫌い」のグループに入る語たちである。

 

さて、この「感情」形容動詞ナ形容詞)の前に「どうだ!」という感じで常に威風堂々と存在感を示す格助詞「が」について考えてみよう。

 

スペイン語文<Me gusta ella>(私に、気に入る、彼女が)は日本語文「私は彼女が好きだ」に当たるが、実は<ella>(彼女が)が文法上の主語を示している点で、日本語文の「彼女が好き」の<が>を彷彿とさせる。

 

Me>は間接補語(或いは間接目的語)で対応する日本語文の部分は「私に」、<gusta>は動詞gustarの三人称単数現在形で「気に入る」、そして<ella>は主語で「彼女が」、つまり「私には彼女が気に入っている」となる。

 

もっとも一般の日本語話者には、「私は彼女が好きだ」にしても「私には彼女が気に入っている」にしても、「彼女(が)」を文法上の主語とするには相当の抵抗がある。感情主と英文法から借りた用語である主語を分ける発想が行なわれて来なかった事情が、学校文法にあるからである。

 

ここではガ格を「主格を表わす」と言わないで、「<主体>を指し示す」と言うことにする。英語などで言う主語・主格と日本語の<主体>・<ガ格>には同一視できない溝があるからである。

 

後で触れるが、日本語のガ格は英語などで言う主格に似通った点はあるが、

「人間の力では抑制できない、あるいは、第三者の力ではあがなえない、ただ受け入れるしかない、厳然たる事実」

を指し示す、という限定した条件が背景にある点で、英文法のいわゆる主格とは大いに性格を異にしているからである。

 

さて、このスペイン語文<Me gusta ella>(私は彼女が好きだ)での主語<ella>に相当する日本文での「彼女」を、国語学者、時枝誠記(ときえだ もとき)は「対象語」と呼び、この場合の「が」の持つ働きを「対象語格」と呼んでいるのだが、なぜこう呼ぶことにしたのか、そのへんの事情から見直してみたい。

 

時枝は『日本文法口語篇』(岩波全書1950年)で次のように説明している。

≪仕事がつらい。 算術が出来る。

の例に於いて、「仕事」「算術」を、「つらい」「出来る」の主語とすることが出来るかといふと、ここに問題がある。

 

主語は、それとは別に、

  私は仕事がつらい。 彼は算術が出来る。

に於ける「私」「彼」を主語と考へるべきではないかといふ議論も出て来て、「仕事」「算術」をどのやうに取り扱ふべきかが問題になる。

  ここで、「私」「彼」は当然主語と考へられるので、「仕事」「算術」は、述語の概念に対しては、その対象になる事柄の表現であるといふところから、これを対象語と名づけることとしたのである。

 

が見える。

汽笛が聞える。

がこはい。

が面白い。

 

等の傍線の語は、皆同じやうに、主語ではなく、対象語と認むべきものなのである。≫(p277278

 

 時枝のこの「対象語格」を検証する前提として、いわゆる「主格のガ」について次のように捉えてみる。

 

「雨が降る」「塀が高い」における「が」のように、動作・作用・状態の主体を指し示す格助詞を用いた表現は、一般的には江戸時代以降に広まり確立したと言われている。この「が」の出自は「我が国」の「が」のように所有格として用いられてきたものである。いわば「主体を指し示す」はガ格の新参者である。

 

古来、日本人は動作・作用・状態の主体を明確にすることよりも、その動作・作用・状態を自然的な生起として把握することに関心があったようだ。日本語を母語とする人々の、人為的なものよりも自然の営みから生起するものを畏敬する傾向は、「所有格のガ」が役割分化して「主体を指し示すガ」として使われるようになってからも基本的には変わらずに来た。

 

今日の表現で考えても、「好きだ」と言えば「気に入ったものに向かってひたすら心が走る状態」を示すのだが、そういう状態になった感情主に「主体を指し示すガ」は付かない。感情主をそういう状態にさせた「生起主」に「が」が付くのである。

 

「私は彼女が好きだ」の文においては、感情を「好きだ」という状態にさせる「生起主」は「彼女」であるから「彼女」に「主体を指し示すガ」が付いているのだが、感情主は「私」ということになる。

 

もう少し、『日本文法口語篇』で時枝の挙げた例を取り上げて「対象語格」について考えてみよう。

 

時枝は「仕事がつらい」「犬がこはい」「話が面白い」「山が見える」「汽笛が聞える」における形容詞「つらい」「こはい」「面白い」と自動詞「見える」「聞える」などの<対象語>をそれぞれ「仕事」「犬」「話」「山」「汽笛」としている。一方、「町が淋しい」については、<「淋しい」は客観的な状態、「町」は主語>としている。

 

ここで、「町が淋しい」の「淋しい」を<客観的な状態>と見做し切ることができるかというと、必ずしもそうは言えない。町が淋しいかどうかは、それを感じる感情主に拠るのであって、この「町」の文法的位置と、時枝が先に<対象語>の例として示した<「仕事がつらい」の「仕事」>の文法的位置との間の明確な違いは示されていない。

 

「私はこの町が淋しい」は「私にとってこの町は私を淋しく感じさせる<生起主>だ」ということであり、同様に「私はこの仕事がつらい」は「私にとってこの仕事は私をつらくさせる<生起主>だ」ということになり、これら二つの形容詞の負っている文法的役割に差を設けることへの相応の根拠も示されていない。

 

日本語母語者の「人為的なものよりも自然の営みから生起するものを畏敬する傾向」は、文における述語の「動作・作用・状態の主体を明確にすることよりも、その動作・作用・状態を自然的な生起として把握する」ことに関心が向けられ、日本語文においては、<生起主>よりも<感情主>を敢えて「いわゆる」<主語>とすることは、むしろ不自然であり、それ相当の根拠が示されなければならないはずだが、時枝の<対象語格>説にはそれが見当たらない。


 

「仕事が出来る」の「出来る」とは「仕事」そのものが「出て来」てその姿を現すのであり、「仕事が気に入る」の「気に入る」とは「仕事」自体が感情主の「気に入(はい)ってくる」のであり、「山が見える」の「見える」も「山」自らが感覚主の「視界に入ってくる」のである。

そして、「彼女が好きだ」とは、「彼女」の存在が感情主の感情を「好き」という状態にさせる、つまり「彼女」が「生起主」、と捉えるのが極めて自然であることの所以が上に述べた<日本語母語者の変わらぬ傾向>にある。

 

それが、私が最初に示した文例「課長はお酒【が】強い」の【が】に生きているのである。


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tag : 格助詞 ガ格 形容動詞 ナ形容詞 感情形容動詞

 
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