2017/03
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<連載>日本人のための「日本語のエッセンス」 第5章「おいしい【だ】」はなぜ非文なのか
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<連載>日本人のための「日本語のエッセンス」 
      第
5章「おいしい【】」はなぜ非文なのか

 

「おいしい」の丁寧形は「おいしゅうございますった。った、というのは、現在は「おいしいです」という言い方が普通になっているから




むろん、他の形容詞も同じ運命を辿っている。とは言っても「おいしゅうございます」という言い方がまったく消えたわけではない。現在では滅多に耳にしなくなったが、品のある表現として使われる場面がないわけではない。

 

少し前まではそれほど珍しい表現ではなかった。次の例のように家族に対しても使われていた。

 

東京オリンピックで銅メダルを獲得し、次のメキシコオリンピックでは金メダルを期待されていたマラソンランナーの円谷幸吉さんが家族に当てて残した遺書の中に印象的に繰り返される表現が「おいしゅうございました」である。




10
月にメキシコオリンピックが開催される年、1968年の1月に自殺した際残したものである。それほど長くないので全文紹介する。作家の川端康成や三島由紀夫らが絶賛したと言われる名文である。私はこの遺書の文章には、一遍の詩のような印象を持っていた。

 

《 父上様、母上様、三日とろろ「美味しゅうございました」。

干し柿、モチも「美味しゅうございました」。

敏雄兄、姉上様、おすし「美味しゅうございました」。

克美兄、姉上様、ブドウ酒とリンゴ「美味しゅうございました」。

巌兄、姉上様、しそめし、南蛮漬け「美味しゅうございました」。

喜久造兄、姉上様、ブドウ液、養命酒「美味しゅうございました」又いつも洗濯「ありがとうございました」。

幸造兄、姉上様、往復車に便乗させて戴き「有難うございました」。モンゴいか「美味しゅうございました」。

正男兄、姉上様、お気を煩わして大変申しわけありませんでした。

幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、立派な人になって下さい。    

父上様、母上様、幸吉はもうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒お許し下さい。気が安まることもなく御苦労、御心配をお掛け致し申しわけありません。幸吉は父母上様の側で「暮らしとうございました」。 》

 

文章中の「 」は「形容詞(又は形容詞型活用)+ございます」の表現である。

「おいしゅうございます」は「おいしくございます」の「おいしく」がウ音便化して「おいしう」に丁寧語「ございます」が付いた形

現在ふつうに使われている「ありがとうございます」(←ありがたくございます)「おはようございます」(←おはやくございます)、そして上の遺書の最後の表現「暮らしとうございました」(←暮らしたくございました)もこれと同じ成り立ちである。

 

このように日本語の歴史から見ると、つい最近まで「おいしい」の丁寧形は「おいしゅうございます」であった。ところが、これにほとんど取って代わって「おいしい」の丁寧形として瞬く間に広まった表現が「おいしい【です】」である。助動詞【です】は【】の丁寧形である。しかし、「おいしい【だ】」は共通語では非文とされる。

 

さて、ここで、この断定の助動詞【だ】と【です】の言い分を聞いてみよう。

 

【だ】の言い分:俺が形容詞の後に直接付けないことは、文法的には分からないことはない。だが差別はいかん。【です】、お前が認められていることがなぜ俺には認められないのか、合点が行かない。




です】の言い分:まあ、そう言うなよ。俺だってお前を出し抜いていいカッコしようと思ったわけではないんだ。国語審議会で認められるまでは、俺だって「幼稚な表現だ」「間違った使い方だ」と言われて、肩身の狭い思いをしたものだ。

 

【だ】が自分の不遇を嘆いているのは、次の点である。

形容詞、例えば「おいしい」には、共通日本語では【だ】は付かない。すなわち「おいしい【だ】」は認められていない。だが、【だ】の丁寧形である【です】は、「おいしい【です】」のように、現在ふつうに使われている。同じ断定の助動詞が丁寧形が認められていて普通形が認められないのは納得いかない、と言うのだ。

 

日本語の形容詞(日本語教育では「イ形容詞」)は、「英語のbe動詞に当たる働き」も持ち合わせているので、be動詞に当たる働きを付け加える助動詞【だ】や【です】は必要ない。「形容詞+【だ】又は【です】」はbe動詞が二つ続いているようなもので、本来なら文法的には成り立たない。形容動詞(日本語教育では「ナ形容詞」)、例えば「静かだ」は語幹「静か」が名詞的性格を持っているので、【だ】が付くのは文法的に理にかなっているのだ。

 

しかし、「おいしい」を丁寧に言うと、最初に紹介した「おいしゅうございます」となり、何か大げさな表現になってしまう。そこで、ちょっとだけ丁寧に言いたい時の表現が求められて、「おいしい【です】」という言い方をする人が出てきて、その便利さに多くの人が飛びつき、徐々に広まっていった。




昭和27年の国語審議会でこの現象が論議になり、「形容詞+です」の言い方が、もはや無碍に却下できないほど広がっていて「認めてよい」ということになった経緯がある。一方「おいしい【だ】」は共通語では認められていない。

 

形容詞と【だ】【です】の過去形・否定形・そのバリエーションとの相性を見ると、

〇「おいしいです」、×「おいしいでした」、×「おいしいだ」、×「おいしいだった」、×「おいしいじゃ(では)ない」、×「おいしいじゃ(では)ありません/おいしいじゃ(では)ないです」

(〇は現在使われている表現。×は使われていない表現)

 

もし、「おいしい【です】」が認められるのなら、その普通体「おいしい【だ】」も認められるべきだ、としてしまうと、あとは堰を切ったように歯止めなく、上に挙げた「おいしいでした」「おいしいだった」も認めなければならない羽目になるだろう。

そこで、「形容詞+です」だけは、「大げさでない丁寧さ」を持った形容詞表現として、例外的存在になったのである。




もっとも「おいしい【でしょう】」という表現は「おいしい【です】」以前から使われていたことを考えると、将来的には例外が2つから3つ、4つ、と地すべり的に解放される日が来ないとは、誰も断言できない。

 


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