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再びの欧州ひとり旅(2日目。2017 年7月2日):ベネチアで水上ゴンドラを楽しみ、旧ユーゴスラビアの分離独立国スロベニア へ



再びの欧州ひとり旅(2日目。2017 年7月2日):ベネチアで水上ゴンドラを楽しみ、旧ユーゴスラビアの分離独立国スロベニア

 

昨日のうちにミラノから殆どすぐに水の上の街ベネチアに移動した。今朝は昨日予約しておいたゴンドラに乗って観光を楽しんだ。ゴンドラは一度に45人ずつ乗せられるがグループで来た人たちを優先して乗せる。ひとり旅の人は後回しにされる。だが、残り物には福がある。私は 4人の妙齢のお嬢さん達と楽しいゴンドラ周航を楽しめた。3人はアメリカ、もう一人はアルゼンチンから来ていた。


アルゼンチンの女性とスペイン語で話していたらアメリカの3人の女性たちもスペイン語を話し始めた。アメリカの学生は第二言語としてスペイン語を習うから3人ともそれなりに理解できるし喋れる。英語よりもまずスペイン語が口をついて出てしまう私にとって、彼女たちとの船上でのコミュニケーションをスペイン語で楽しめたのはラッキーだった。

アメリカでのスペイン語浸透は相当なものである。ニューヨークを歩いているとありことからスペイン語が聞こえてくるのを思い出した。


ベネチア観光を楽しんで、さて、東欧へ。まず旧ユーゴスラビアが分離独立した国々の1つスロベニアに入る。スロベニアとの国境沿いのイタリアの町トリエステ(
Trieste)へ移動しそこからスロベニア側の小さな町に着いた。ここからスロベニア首都のリュブリアナ(Liubliana)まで一気に移動した。今回の旅の大きな目的である旧東欧諸国の最初の国である。




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tag : ヨーロッパ イタリア ベネチア スロベニア スペイン語

 
再びの欧州ひとり旅(2017 年7月1日):29年前1989年の旅の意味を自問しながら、イタリア、ミラノからベネチア へ。
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再びの欧州ひとり旅(2017 71日):129年前989年の旅の意味を自問しながら、イタリア、ミラノからベネチアへ。

 

今回の旅の報告の前に、29年前の旅の記憶から述べよう。

1989年の夏のメキシコ滞在の折り、ヨーロッパひとり旅を試みた。

まず、スペインのマドリードへ飛び、そこからスイスのジュネーブまで長距離バスで行く予定だった。



実は、最初に大きな誤算があった。
 
予定では、スイスのジュネーブから東西ヨーロッパを廻り、最後にまたジュネーブに寄ってマドリードに戻るつもりだった。

ところが、スペインのマドリードからスイスのジュネーブへ向かうはずの長距離バスが、なんと、イタリアのジェノバに着いてしまったのである。



マドリードで長距離バスの切符を受け取ったとき、何となく嫌な予感が頭をよぎり、切符売り場のセニョリータに確認してはいたのである。受け取った切符を見ると、

GENOVA

と書いてあった。

それで、私は乗車券売り場の女性に

「行くのはジュネーブだよ。ジェノバじゃないよ」

と確認した。が、彼女は自信たっぷりに「間違いない」と答えたものである。後で調べてみると


 

イタリアの「ジェノバ」のイタリア語のつづりは「GENOVA


スイスの「ジュネーブ」の英語つづりは「
GENEVA

 

とは「O」と「E」の一文字しか違わない。一文字の違いで国を違えたのである。因みに、ジュネーブの公用語であるフランス語の「ジュネーブ」は「GENÈVE」で、英語の「ジェノバ」は「GENOA」である。


こうして私のヨーロッパ一周ひとり旅は、計画通りとはいかず、最初の訪問国がスイスからイタリアになってしまったのである。

だが、こうしたハプニングこそ一人旅の醍醐味でもある。最初から実にワクワクした旅立ちとなったわけである。

 

思いがけずも最初にイタリアに入った私は、心躍る気持ちのまま、フィレンツェ、ヴェネツィアなどの北部の主要都市を巡り、続いて、ユーゴスラビア(当時はまだ分裂しておらず一国であった)を経てギリシャに着く。さらに船で南下し、ギリシャの真珠のような島々を巡り、暮れなずむトルコに上陸する(この瞬間が今回の旅情のクライマックスである)。
イスタンブール、カッパドキア、カムッパレ、と不思議の国をたっぷりと味わう。トルコはアジアとヨーロッパの接点を自国に抱えている。

 

トルコから北上し、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリーを巡る。当時の東ヨーロッパはソ連の強い影響下にあった。まだベルリンの壁が存在しており、社会主義体制であった。ハンガリーでは温泉に入り旅の疲れを癒す。ここから西側のオーストリアに入り、モーツアルトの天才に酔う。

 

再び東ヨーロッパに戻り、チェコスロバキアではカフカの迷路を彷徨し、ポーランドではアウシュビッツ強制収容所を訪問し人間の狂気に戦慄する。そこから東ドイツに入り、いわゆるベルリンの壁を体験するわけである。東ベルリンから地下鉄で西ベルリンに抜ける。地元の人々には東西ベルリンの行き来が困難を極めたが、観光目的の旅行者には拍子抜けするほど簡単に移動できたのである。

西ドイツの主要都市を巡った後、再び北上し、長距離バスで北欧に入る。北欧へはバスごと大型船に乗り込むのである。北欧四国を急ぎ足で巡り、今度は南下し、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクのベネルクス三国を慌ただしく抜け、そこからはフランス・パリを通り、最後は再びスイスに到着し、パウル・クレーの珠玉の原画と対面し、ジュネーブではこれまで溜まっていたヨーロッパ中の通貨をドルに換える。世界の銀行と呼ばれるスイスだからこそ、訪問した各国の小銭まで換えてくれるのである。当時はまだヨーロッパ統一通貨ユーロは誕生していなかった。今回のヨーロッパ一周の旅の最初と最後に訪問する国をスイスにしようと思ったのは、こうした事情があったからである。

 

この欧州一周の旅は1989年の夏で、ベルリンの壁が東西ドイツ市民によって破壊された

「ベルリンの壁崩壊」が起きたのは、この年の1110日だった。

 

そして、壁崩壊からわずか一か月後にはアメリカ合衆国とソビエト連邦との間で、

「冷戦の終結」宣言が発表された。

このあとも、世界歴史の変動が怒涛のように繰り広げられたのだった。

1990103日、東西ドイツの統一が実現し、

1991820日にはバルト三国が独立、そして、

19911225日にはソビエト連邦が崩壊し、

世界に新たな歴史のページが開かれたのである。

 

私はこれらの世界を変える歴史的な出来事を、ヨーロッパとアメリカ大陸で体感していたのだ。

なんという歴史の変動だ、と、目の前で変わる世界を、私はとてつもない世界の希望として実感していた。

ともかく、私の欧州の旅は、世界の歴史的変動の始まるその年の直前に、その蠢動も知らずに偶然に敢行したのだった。

とりわけ、社会主義国としては最後の体制だった東ヨーロッパの国々を廻ることができたのは、いま思えば、なんと幸運な、素晴らしい旅だった。

 

あれから29年目の201771日の早朝、私はスペイン、バルセロナからイタリア、ミラノに飛んだ。今回は、ミラノを出発地にしてベネチア→旧ユーゴスラビア(スロベニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、コソボ、マケドニア)→アルバニア→ギリシャ→トルコ→ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、(オーストリアを挟んで)チェコ、ポーランドの旧東ヨーロッパ諸国→ドイツ→イタリア各地ミラノに戻る、というイメージだけを頼りに、本当にその日その日で判断して一ヶ月の欧州ひとり旅に出たのだった。


旅の思考テーマは「
1989年は私にとって何だったのだろうか?」であり、旅の訪問メインは「旧東欧は今どうなっているのか?」である。

初日は、旅の出発点ミラノからベネチアの報告に始まる。

   
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tag : ヨーロッパ 一人旅 1989年 ミラノ ベネチア イタリア

 
サンティアゴ巡礼2016(7日目。7月8日金曜):ピレネー山脈のフランス側ふもとに到着

(写真:ピレネー山脈フランス側ふもとサンジャンピエドポーで一息つく。)


サンティアゴ巡礼20167日目。78日金曜):ピレネー山脈フランス側ふもとに到着

 

オルレアンに入ってからもしばらく歩き続けていたが、相変わらず巡礼路を歩いているという気がしない。このままフランスの「トゥールの道」を完歩しても達成感は得られるのか、という気持ちが一歩ごとに強まって来た。


そうした中で、ある交差点で長距離トラックの運転手に巡礼路の確認をしようと思い信号機の前で訊くチャンスを伺っていたが一向にその機会が来ない。

そうしているうちに、私の中であるアイデアが明確な形になって来た……

パリからの「トゥールの道」はここオルレアンで終了だ。


この道が厳しいことは覚悟していたが、公開されている情報、データが余りにもアバウトかつ間違いが多かった。巡礼
7日目の今日、オルレアンからサンジャンピエドポーへ鉄道で移動、そしてそこから「フランス人の道」に入り、予定の1ヶ月ほどでサンティアゴ巡礼の最終目的地であるサンティアゴ・デ・コンポステーラのカテドラルまで完歩する。


よし、これで行こう。もう迷いはなくなった。

 

それにしても、パリからオルレアンまで7日間歩いて来たが巡礼者らしき旅人には私の他に一人たりとも出逢わなかった。こんな無謀なことをするのは私ぐらいなのか。


パリ(Paris)の滞在ホテルからサンジャック広場まで2.9km。そこから「トゥールの道」を歩いてオルレアン(Orleans)まで147.9km(実際は+30kmぐらい余計に歩いているが)。


ここで巡礼路の変更。鉄道で移動してサンジャンピエドポー
Saint-Jean-Pied-de-Port)から始まる「フランス人の道」を聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラ(Santiago de Compostela)までの780.5 kmを完歩して大願成就する。


すなわちパリから「トゥールの道」の一部オルレアンまで
147.9km+2.9km=150.8kmと「フランス人の道」全部780.5 km、の合計距離931.3 kmを約1ヶ月間で完歩することにしたわけである。この距離はあくまでも公式距離でトゥールの道で実際に歩いた距離はかかった時間からすると+約30kmと推測できる。



こんなわけでオルレアンから移動してピレネー山脈のフランス側ふもとのサンジャンピエドポーに着いた。

さすがに、サンジャンピエドポーでは巡礼者で賑わっていて、やはりホッとする。

さて、ここで1泊して明日から「フランス人の道」を歩く。

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tag : スペイン サンティアゴ巡礼 フランス サンジャンピエドポー ピレネー山脈 フランス人の道

 
サンティアゴ巡礼2016パリ~ピレネー山脈~プエンテ・ラ・レイナ独吟完歩(準備2)心構え「バスク語」使用など
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(*写真: 神田神保町の古本屋街で入手したバスク語の本。今度の巡礼路はフランス、スペインともにバスク地方を通る)


サンティアゴ巡礼2016パリ~ピレネー山脈~プエンテ・ラ・レイナ独吟完歩(準備2)心構えバスク語」使用など

 

昨年2015年夏に3度目のサンティアゴ巡礼「ポルトガル人の道」を独吟完歩し、今度が4度目になる。1度目は日本から夏休みを利用してスペイン北部横断路のうちレオンの西「アストルガ」から300km弱ほど歩きサンティアゴ・デ・コンポステーラまで完歩。翌年はバルセロナに居住を移して2度目はフランスとの国境沿い「ハカ」から800km超を完歩した。

 

「巡礼証明書」は100km以上歩けば資格があるので、この2度の行脚で2枚頂いたことになる。3度目はスペインのサンティアゴからポルトガルのリスボンまで歩く「逆巡礼」(四国遍路では「逆打ち」と言う)を遂行した。

 

そこで4度目はフランスから歩こう、ということになった。パリから歩き始め、ピレネー山脈を越え、スペインに入る。国境沿いからもう少し歩き、プエンテ・ラ・レイナで完歩とする。

 

じつは2度目の巡礼では、この4度目巡業でスペインに入る国境より南に位置するハカという町から「アラゴンの道」を歩き、4度目巡礼でのフランス国内の巡礼路「トゥールの道」に続くスペインルート「フランス人の道」と合流する町プエンテ・ラ・レイナを通り、そこから先の巡礼路をサンティアゴまで歩いたのである。

 

したがって、すでにプエンテ・ラ・レイナからサンティアゴまでは行脚済み、なのである。

今回はパリからプエンテ・ラ・レイナまでの1044.2kmを約45日間で完歩することになる。

 

さて、今度の巡礼行脚では、過去3回の経験から、やるべきことを次のように考えてみた。

 

1.現地でフランス語とバスク語をできる限り使う。

フランス語はフランス人と言語交換してニワカ勉強で、バスク語は日本の古本屋で手に入れた本を読み直しているだけだが。

 

1.巡礼路や巡礼宿に日本人の私が歩いた足跡になるものを残す。

  巡礼路には石に何か書き残しておこうか、と考えている。

 

1.リュックにはパン類を常に持って歩く。

巡礼路にレストランも食品店も何時間も見つからない日があった前回の経験を踏まえてのことである。前回は巡礼後10kgぐらい痩せたので、前回より10日多い日程の今回は道中もマメに食べるように注意する。

 

1.巡礼中の一日一句の句作を続ける。

  日本国外、季節は夏だけ、という事情もあり、無季俳句も辞さないで巡礼路の途中でも複数句作っておく。

 

1.巡礼行程の完全行脚を続ける。

  巡礼中は親切に車に乗せてくれる人もいるので、私の巡礼は完全徒歩であることを伝え、例え一瞬たりとも交通機関には乗らない、という原則を貫く。



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tag : サンティアゴ巡礼 心構え トゥールの道 フランス人の道 バスク語

 
サンティアゴ巡礼2016パリ~ピレネー山脈~プエンテ・ラ・レイナ独吟完歩(準備1)「1044.2km、45日間完歩」を目指す
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サンティアゴ巡礼2016パリ~ピレネー山脈~プエンテ・ラ・レイナ独吟完歩(準備1)「1044.2km、45日間完歩」を目指す

 

昨年2015年の「ポルトガル人の道」逆歩き(スペインのサンティアゴからリスボンまで)を終えたあと、今年2016年の夏の巡礼コースを決めていた。


漠然と「フランス人の道」と思っていたが、パリからサン・ジャン・ピエ・ド・ポルまでは「トゥールの道」、そのあとは「フランス人の道」に入り、スペインのプエンテ・ラ・レイナまで、とする。

プエンテ・ラ・レイナからサンティアゴ・デ・コンポステーラまでは
2014年にすでに歩いているし、アストルガからサンティアゴまでは2013年にも歩いている。

 

さて、最初の準備は出発地と到着地、距離、日数、を押さえる。

 

トゥールの道」:Parisから歩き始め、Saint-Jean-Pied-de-Portまで952.5km:38日間

続けて

フランス人の道」:Saint-Jean-Pied-de-PortからPuente la Reinaまで91.7km:5日間

+予備2日間 


すなわち「トゥールの道」「フランス人の道」+計
1044.2km、目標45日間(1ヶ月半)

が今のところの計画だ。

 

630日昼頃にパリに飛び、翌日には行脚を始動したい。取り敢えず、パリへ飛ぶ航空券と初日の宿だけは確保しておいた。


いずれにせよ、予定や計画はそのまま行くはずもないが、巡礼行脚への心身の準備だけはしておくつもりだ。

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tag : サンティアゴ巡礼 トゥールの道 フランス人の道 準備

 
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