2017/01
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バルセロナから(2017年1月20日:「私は彼女【が】好きだ」の「主体」を観る)
バルセロナから(2017年1月20日:「私は彼女【が】好きだ」の「主体」を観る)



日本語の「好き」「気に入る」という語は奇妙な振る舞いをする。それはスペイン語の「gustar」がする振る舞いに似ている。

即ち、
スペイン語文「Me gusta ella」で動詞「gustar」(気に入る)の主語が「me」(私に)ではなく「ella」(彼女が)である点に注目したことを昨日の散歩で考えた、と述べた。


この構造が日本語の「私は彼女【が】好きだ」「私は彼女【が】気に入っている」に似ているのだ。格助詞「が」が示すのは「彼女」という「主体」である。


主体? 違うだろ、これは「対象語」だろ、と言う人がいるかもしれない。確かに国語学者・言語学者である時枝誠記はそう言った。


しかし、我々の先人たちは格助詞「が」をそんなふうに分けて使っていただろうか。この疑問から格助詞「が」の正体を見直してみたい。


格助詞「が」が解明されれば日本語は新たな地平が開かれるのではないか、という気がしている。この「が」については、じっくりと丁寧に考えて行こうと思っている。


今日は日本語の授業を終えて外へ出ると、すっかり路面が濡れていた。バルセロナは冬に雨が多い。名残り雨がポツリポツリと落ちる中、良い匂いのするパン屋を覗いてパチリと撮った一枚。う~ん、旨そう。








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tag : スペイン バルセロナ 好き 格助詞「が」 主体 対象語格 時枝誠記

 
バルセロナから(2017年1月19日:スペイン語文から日本語の「が」を考え始める)

バルセロナから(2017年1月19日:スペイン語文から日本語の「が」を考え始める)


スペイン語文「Me gusta ella」(私に、気にいる、彼女が)は日本語文「私は彼女が好きだ」に当たる。ただし、スペイン語文では日本語の「好き」は、愛している、には使えない。動詞「gustar」は単に「気に入る」に留まる。


だが、ここで問題にしたいのは、文の構成上の役割についてである。


「Me gusta ella」は正確に訳すと「彼女が私に気に入っている」となる。もっと言うと「彼女が私を好きにさせている」という意味なのである。


つまり「Me gusta ella」の主語はella(彼女が)で動詞gusta(気に入る)の対象がme(私に)と言うわけである。この構造がじつbは日本語の「~が気にいる」「~が好きだ」に似ている。今日では「~を気に入る」や「~を好きだ」のように使っている例も多く見受けられる。


今日からしばらくは日本語における助詞「が」について考えてみたいと思う。
「を」「は」と考えてきた流れで「が」に想いを馳せる。
かつて思考した事柄を整理し発展させるには歩くことが有効だ。


フランスで活躍した思想家ジャン・ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau)も思考する時は散歩をしたらしい。


良いアイデアも散歩の中から生まれる。「むすんでひらいて」というあの有名な童謡も彼の心を散歩に委ねたとき浮かんで来たメロディなのだろう。


昼下がり、真冬のバルセロナ大聖堂の裏通りに佇む。寒風吹く今日はもう人影も少なくストリートミュージシャンも見当たらない。





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tag : スペイン バルセロナ gustar 好き 気に入る スペイン語 助詞「」

 
バルセロナから(2017年1月18日:係助詞「は」と「仮定条件」の助詞が並び立たない理由)

バルセロナから(2017年1月18日:係助詞「は」と「仮定条件」の助詞が並び立たない理由)


国語学者であり言語学者でもある大野晋が自身の編集した辞書の解説に、
仮定条件節には名詞節と同じように「は」が使えなくて代わりに「が」を用いる、のはどんな理由があるのか不明確である、といった旨を記していた。珍しく疑義を出しっ放しだったのが印象的だった。


例えば、
「彼女が(☓は)結婚すれば、お父さんが(❍は)寂しがるだろう」
において、仮定条件の従属節「彼女【が(☓は)】結婚すれば」の「が」が「は」に替えられない理由はよく分かっていない、と言うのである。


一方、例えば、
「この部屋【が(❍は)】静かなので、私は仕事部屋にしている」
の 原因理由の従属節 「この部屋【が(❍は)】静かなので」における
「が」は「は」に替えられる。


ところが、仮定条件節を持つ
「この部屋【が(☓は)】静かなら、私は仕事部屋するのだが」
における「が」は「は」に替えられない。


これは、
「この部屋【が(☓は)】静かなことは、仕事部屋に向いている」
名詞節「この部屋【が(☓は)】静かなこと」における「が」が「は」に替われない性格と似ている。これが大野晋が、よく分からない、という旨を吐露した問題である。


先に挙げた「この部屋【が(☓は)】静かなら」という仮定条件節に「は」が採れなく「が」が採られるのは、じつは「は」に「ば」に通ずる「仮定」の性格があって「は」を仮定条件節の途中で使えば仮定条件をマークする標識が節の末尾の「なら」と重なってしまうからではないのか。


一つの節の中に「仮定」の性格を持つ「は」と「なら」は並び得ない、という節としての成立に関わる理由があるからではないか。


例えば原因理由の従属節
「私はリンゴは嫌いだから」
のように二つの「は」が並び立つ節が可能であるが、一つの節の中に「は」と、「なら」などの仮定条件を表す表現は、上記の理由で、厳格に並び立たない、ことが分かる。


今日の思考散歩では一応の結論が出るまで歩き廻った。後はのんびりと帰路につくことにしよう。


写真は日本-スペイン交流会での一枚。
さて、私はどこにいるだろうか ?
(⌒▽⌒)







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tag : スペイン バルセロナ 係助詞「は」 仮定条件節 従属節 名詞節

 
バルセロナから(2017年1月17日:阪神淡路大震災22年の日に「方丈記」を想う)

バルセロナから(2017年1月17日:阪神淡路大震災22年の日に「方丈記」を想う)


1995年1月17日に阪神淡路大震災からちょうど22年経つ。当時私はバルセロナの日本レストランでそのことを聞いた。


日本には結構帰って数年ずつ生活していたのだが、大地震などの大事がある時は何故かいつも日本の外に居た。それで私が日本に帰ると、これで当分は日本に災害はない、と友人たちが真顔で言うようになった。


バルセロナに滞在していたカタルーニャ語の研究者だった神戸出身の知人が心ここに在らずといった感じで家族と連絡を取っていたことが、ついこの前のように思い出される。


日本からのテレビニュースで最も記憶に残っているのは、倒れるはずのない高速道路の橋桁が無残に崩れて横たわっている様子だった。(写真: ロイター/アフロ)


ご承知のように、この後も日本には次々と大きな自然災害が襲って来た。そのつど思い出されるのは鎌倉時代鴨長明方丈記』である。


1185年、長い平安時代が終わり新しい武士の時代が始まろうとしていたころ京都を大地震が襲った。「元歴地震」である。その大災害の様子を鴨長明が書き残してくれていた。そして次のような言葉を残している。


「人みなあぢきなき事をのべて、いさゝか心の濁りもうすらぐと見えしかど、月日重なり、年経にし後は、ことばにかけて言ひ出づる人だになし。」(人々は皆「情けない」とか「はかない」とか言って、心の中の濁りや欲望も薄らぐように見えたけれども、年月が経って、そんなことを言う人さえもいなくなった。)


鴨長明は我々に何を言おうとしたのだろうか。


改めて犠牲者の方々に心からの哀悼の意を捧げたい。




 






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tag : スペイン バルセロナ 阪神淡路大震災 22年 1995年 鴨長明 方丈記 鎌倉時代 元歴地震

 
バルセロナから(2017年1月16日:オリンピック村でヤワラちゃんの銀を思い出す)

バルセロナから(2017年1月16日:オリンピック村でヤワラちゃんを思い出す)


今日は所用でバルセロネータ(Barceloneta)にあるオリンピック村(Vila Olimpica)に行った。
今は臨海商業地域になっているようだ。ツインタワーと魚の形をしたモニュメント Flying Fishが目を惹く。


視線を湾岸に移すと春を待ち切れないとでも言うようにヨットがギッシリと白い帆を休めていた。それを背景に一枚撮ってもらった。


1992年のバルセロナ・オリンピック時には私は既にバルセロナに居て、オリンピックでは柔道を見に行った。地元で確保した座席は今考えると相当良い席だった。


私の隣の席にはあの国民栄誉賞の山下泰裕(ロサンゼルス・オリンピック金メダリスト)コーチが居た。そして目の前には田村亮子(現在の姓は谷。ヤワラちゃんと呼ばれた。オリンピック5回出場で金2、2、銅1)選手が準備運動をしていた。


彼女は高校二年生でバルセロナ・オリンピックに出場していたのだ。準決勝まで順調に勝ち進んだが、決勝でフランスのセシル・ノバックに敗れ、最初のオリンピックは惜しくもメダルだった。あの時の高揚感は今でも忘れられない。


今日の所用を終えて海岸沿いをそぞろ歩きした。夏を待ち切れない人々が思い思いに地中海の風を楽しんでいた。今日はここ数日では陽射しの暖かさが感じられた。







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tag : スペイン バルセロナ バルセロナオリンピック ヤワラちゃん 山下泰裕 田村亮子

 
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